本書は、マイクロソフト社で要職をつとめていた著者による近未来SF小説。
舞台は脳神経科学が格段に進歩を遂げた近未来。
本のタイトルにもなっている「ネクサス」とは、経口摂取タイプのナノテクで、思考スピードが上昇し、記憶や官能を周囲の摂取者と共有できる。いわば、未来型のLSDといったところだろうか。
「ネクサス」は合衆国政府によって禁止され、闇で流通している。
2030年に起きた「アーリア人の蜂起」と呼ばれる事件を機に世界は変わった。その事件とは人類の大半を絶滅させ、遺伝子操作されたトランスヒューマンによって世界を再植民しようとしたものだ。
大衆の意を受けた米国政府は、先進技術を取り締まる新型リスク対策局(ERD)を創設、遺伝子工学、クローン、ナノテク、人工知能等、超人作製につながる技術を取り締まるチャンドラー法を制定したのだ。
本来、「ネクサス」は経口後一定の時間が経過すると排出されその作用は消えてしまうが、カリフォルニア大学の大学院生ケイデン(ケイド)は友人の共同研究者たちと恒久的に使用可能な「ネクサス5」の開発に成功する。さらに彼らはそれにOSを組み込みプログラムできるよう改良したのだ。
「ネクサス」パーティを催していたケイデンたちは、ERDの潜入捜査官サム に逮捕されるが、ERDからある取引を持ちかけられる。
それは、「ネクサス5」を全てERDに明かした上で、中国人科学者、朱水暎をスパイすれば、仲間を助けるというものだった・・・
あらすじを読んで、「荒唐無稽でありえないSF」だと思ったアナタ・・。
だが、本書に出てくるテクノロジーは、全て現在その先駆的研究がなされているものだ。
私も事故で腕を失った男性が、数メートル先にある義手を動かすというVRをテレビで見たことがある。それがさらに進んだものが「ネクサス」なのだろう。
「ネクサス5」を使えば、外部からその人の行動や人格までもを制御することができる。
面白いのは、ERDが国民には禁止しているその種の技術で捜査員を強化しているという矛盾と、その米国と対立するのが技術を自国のために積極的に取り入れる中国だということだ。
作中、中国の人民解放軍はすでに強化されたクローン人間をつくり、兵士や要人警護に用いているが、なるほど、この技術はいかにも中国好みだ。
アメリカは悪用を恐れ禁止しようとし、対する中国は、一部のエリートのみが用いることにより制御しようとする。
この種のジレンマは、人工知能が孕む問題と同質のものかもしれない。
これは「人工知能 人類最悪にして最後の発明」に詳しいが、人工知能のような技術が必ずしも人類のためになるとは言い切れないからだ。
ところで、仏教には「一切衆生のために仏道を求める」という究極の誓いがあるという。宇宙の生きとし生ける者全てが、悟りを開き、涅槃にいけるまで、自分は涅槃から遠ざかり苦に満ちた物質界で輪廻を続けるという究極の利他思想だ。
作中登場する高僧の言葉に、「仏教は、科学と同じく、大衆に力を与えることを目標にしている」という言葉がある。
「マインドフルネス」の流行にもみられるように、IT業界と仏教は親和性が高いが、この言葉はテック界の成功者である著者自身の言葉とも受け取れる気がする。
果たして、「ネクサス」は、悪行より善行に使われるのだろうか。
本書は三部作の予定で、映画化も検討されているという。
本作では決定的な状況を迎えるが、次作以降どう展開していくのか楽しみ。
コメントを残す