フィクション

ホールデンとは真逆の鬱屈。ゴールド・ダガー受賞作「東のはて、夜へ」

2017-10-05

ゴールドダガーを受賞した新人作家による今年の話題作の一作。
他にもクライムノヴェルの賞を受賞しており三冠らしい。
エドガー賞の処女長編部門にもノミネートされていたようだが、こちらは残念ながら受賞とはならなかったようだ。

ハヤカワでゴールドダガーとくれば、読者は主にエンタメを多く読む層だろうが、評価は真っ二つに割れるタイプの小説。というのもエンタメ性はほぼないからだ。
あのウィンズロウも賛辞を送っているが、ウィンズロウを期待して読むと裏切られる。アプローチは真逆。犯罪小説ではあるが、文学作品的趣向が強い。

 

主人公はイーストという少年だ。この本を読んで真っ先に思い浮かべたのは、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」だった。
しかし、我らがイーストは、ホールデンとは真逆の境遇にある。

まず、L.A.の掃き溜めに暮らす15歳の黒人の少年で、学校には行っておらず、叔父の麻薬密売組織で斡旋所の見張りとして働いている。父親はすでに亡く、組織の叔父は父の弟だ。
シングルマザーの母親と種違いの弟タイがいるものの、イーストもまだ13歳の弟タイも家を出ている。つまりはそういう母親だ。弟のタイとは決定的に馬が合わない。タイは何かが壊れている。

叔父の命で、イーストは弟を含む3人少年とともにウィスコンシン州に隠れている黒人判事を殺しに行くことになる。この判事は仲間に不利な証言をするというのが理由だ。
L.A.からウィスコンシンまでは偽造免許を使って車で行き、途中で足のつかない銃を受け取りそれで彼を殺すというプランだったのだが・・・

主人公のイーストは15歳とは思えないほど大人びている。大人びているというよりは、幼稚な子供ではいられないというほうが正しいだろう。
イースト自身諦観しており、物語自体もそぎ落とした文体で淡々と語られていくため、共感しにくいと感じる人も多いだろう。が、おそらく本当に共感などできはしないし、たぶん著者もそれは求めていない。それでも次第に飲み込まれていく。

イーストにあるのは、表面張力でかろうじて溢れるのを免れているかのようなギリギリの危うさだ。
イーストもさることながら、弟のタイのキャラクターはかなり特異だ。タイが好きなものは銃だけで、愛情も信頼も求めない。イーストには全くタイのことがわからない。

そんな少年たちが旅をするのだから、何かが怒らないはずもない。アクシデント、仲間割れ、兄弟間の避けられない対決といった決定的なことも起こる。


だが、この物語自体が何かとんでもない人物の少年期か、何かとんでもない物語のプロローグのように思えてならなかった。むしろ、これから起こることのほうが本番というような不思議な感覚。

解説者によれば、次の作品には本書の登場人物が少なくともひとりは登場するらしい。単純な続編ではなく、拡がりをみせていくつもりなのだそうだ。
いうなれば、毛色こそ違うが、ウィンズロウの「ボビーZの気怠く優雅な人生 」から「ザ・カルテル」まで続く、壮大な共通世界のようなものだろうか。

 

「ライ麦畑でつかまえて」のホールデンは、おそらくガラスのような反抗期を終えると、自分の人生を歩みだしたことだろう。
イーストにはそれがない。だが、それも悪くないじゃないかという清々しさがある。

 

 

 

 

 

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