フィクション

高い塔の男 / フィリップ・K・ディック

2017-01-05
本書「高い城の男」は、第二次世界大戦でドイツと日本が勝戦国となった世界を描いたIFもののSFだ。名作なので、ご存知の方や既読の方も多いだろう。
昨年、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」という本が話題になっていたが、なんでも「21世紀の『高い城の男』」との呼び声が高いのだという。(そういう触れ込みらしい)
私は出席できないのだが、今度の読書会の課題本にもなっているみたいだし読んでおいても損はないだろう。と、どうせ読むならついでにと先に再読してみるかと思い読んでみた。
 

 
そしたら、やっぱりええすなぁ。
まず、訳が格調高い!「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」をはじめ、ディック作品を手がけている朝倉久志氏の訳が本当にいいのだ。久しぶりに読んだのだが、その語彙力、その響き、本当に惚れ惚れした。この方や菊池光氏などが訳された本を安易に新訳改定とかしないでほしいな。
 
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言わずもがなで、中身もいいのだ。
第二次世界大戦で日独の枢軸国が勝利し世界はドイツと日本の二大国家が支配している。アメリカ西海岸は日本の占領下にありサンフランシスコの白人たちは、日本人に媚びへつらい生きているのだ。
物語は一見まとまりのない群像劇のように展開していくが、様々な「本物とまがい物」の問題が描かれている。ファンにはおなじみのディックのお気に入りのテーマだ。
また登場人物たちは一様に「イナゴ身重く横たわる」という本に夢中になるのだが、この本は連合軍が勝った世界を描いたものなのだ。虚構の物語のなかで、登場人物たちは本来の世界に夢中になるのだ。
同じく全ての登場人物に共通するのが易占い(易経)である。作中作である「イナゴ身重く横たわる」の作者も易経によって作中の登場人物を動かしていた設定だが、著者のディック自身も日常の行動方針として使っていたというから、ある意味、易経こそが、本書の本当の作者といえなくもない。
そのせいかはわからないが、本書にはいわゆる「わざとらしさや作為性」と一線を画している感がある。
代わりにあるのは、哲学的なもの、もしくは形而上学的なもので、誰しもが時に思うその複雑性だろうか。
 
読み直してみると昔は感じなかったことも多く感じられる。それはある種の諦観だったりもするのだが、バイネスが田上の苦しみに思いを巡らせ、心のなかでつぶやいた言葉はとりわけ心に沁みた。
「たとえどの道を選ぼうと結果は同じだったとしても、我々は進んでいくしかない。こうすればよかったという選択肢があったとしても、物には順序がある。
一歩一歩を選択していくしか結果を左右することはできない。」
 
 

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