惜しまれる夭逝。ロジャー・ホッブス「ゴーストマン 消滅遊戯」

「ゴーストマン 時限紙幣」の続編をずっと待っていた。
というのも「時限紙幣」で”語られなかったこと”がずっと引っかかっていたのだ。

クアラルンプールの案件には裏があったのではないか?
アンジェラは実はレベッカではなかったのか?

 

本書「消滅遊戯」はクアラルンプールの山から6年後、突如アンジェラが「私」に連絡してくるところから物語が始まる。

「私」は10代から銀行強盗を生業にしている犯罪者で、専門は何者にでもなれることだ。シチュエーションによってキャラクターや姿形、イントネーションや声までもを変えることができる。その「私」の師匠がアンジェラだった。「私」よりも10歳ほど年上の女性で、ゴーストマンとしての基礎を叩き込んでくれた。

     

6年前、クアラルンプールでの銀行強盗が失敗に終わり、仲間の大半は死ぬか逮捕された。逃げ果せたのはおそらく我々だけ。そこで「私」とアンジェラは生き別れになってしまい、それきりだった。

アンジェラからの連絡はSOSだった。彼女も「私」も容姿も全く変わり、中身だってどうかわからない。罠の可能性もあったが「私」は即座にマカオに飛ぶ。
アンジェラは立案者(ジャグマーカー)としてミャンマーから密輸されるサファイアの強奪を目論んでいたが、仲間を殺され自らも命を狙われていた。
アンジェラの仲間が襲った船は、サファイア以外にも重要な「何か」を運んでおり、犯人はそれを探していた。

それは、いくつかの国家を崩壊させかねず、国際危機を生み出しかねないものだった・・・

これまでになくドライな主人公を描き、強盗という犯罪をショーナイズさせているのが本書の特徴だ。スタイリッシュでかっこいいが、それだけではない。この小説は後を引く多くの仕掛けがしてある。

前作の読書会では、主人公の背景が全く描かれていないため感情移入できないという人もいたが、実はそれも織り込み済みだ。この主人公「私」について別に短編があったのだ。
「時限紙幣」文庫化の際に同時収録されたが、単行本を買ってしまった読者のために、Kindle版で0円だ。

しかし、これで全てがわかるわけではない。
ゴーストマンの「私」は、アンジェラあってこそだからだ。そして、このアンジェラが「私」以上に謎に包まれた女性なのである。

「私」は6年間も音信不通だったアンジェラのために命を投げ出そうとさえする。「グレイマン」も孤独だが、ゴーストマンも同じだ。自分以外誰も信用することはできない。ただ一人、アンジェラを除いては。

「時限紙幣」では、師弟関係だった二人の関係は、本書ではそれ以上の繋がりを感じさせる。それは単なる師弟関係や友情、男女の関係以上の濃さのものに見える。

しかし、二人の間にはクアラルンプールのヤマがわだかまっている。あのとき、本当は何が起こったのか?「私」は何かを見落としてはいないか?
人は見たいように物事を見てしまうが、アンジェラはなぜ6年もの間、”ほとぼり”が冷めるのを待たなくてはならなかったのか・・・

ホッブスはちゃんと考えた上で、この件も徐々に明かしていくつもりだったのだろう。いずれにせよ、どんな手も打てる美味しい状況だった。

 

ただ、これらの謎はもう明らかにされることはない。

ロジャー・ホッブスは死んでしまったから。コンベンションでそのことを聞いたときは耳を疑った。まだ若く、書くべきものもまだまだたくさんあったのに。

自分自身が消滅してどうするのだ。

血管でも詰まられせたのかと思いきや、死因はオーバードーズだそうだ。しかし私生活では婚約者と暮らし安定しており、薬をやるような環境ではなかったとも聞く。
小説にリアリティを加えるための取材の過程で、決して足を踏み入れてはならないところを覗いてしまったとも言われているが、スーパーノート絡みならばそれもありなん。

たった二作品。何もかもがこれからだったのに、全てが終わってしまった。

 

 

 

 

 



 

 

 

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