フィクション

MI6史上最大の裏切りの続きがあったら?ダニエル・シルヴァの「赤の女」

2019-06-23

イスラエル諜報機関の元諜報員にして現長官ガブリエル・アロンのシリーズ最新作。根強い人気のある長い長いシリーズで、日本では4作目以降刊行されていなかったが、ハーパー・コリンズ・ジャパンが版権を持ったことで、14作目からの「亡者のゲーム」からは安定して読めるようになった。
途中10作は私も読んでないので、何が起こったのかはよくは知らない。「亡者のゲーム」以降にでてくる情報から、ウィーンで妻子が殺された後、復讐っぽいことをして、他にもロシアともいろいろあって、組織の中では次期長官候補になって、今の妻と結婚したのだろうなという感じ(苦笑)
それでも実際のところ読めているし面白い。

 
赤の女 上 (ハーパーBOOKS)
赤の女 下 (ハーパーBOOKS)

「赤の女」というタイトルから容易に連想できるように、今回のガブリエルの敵はモスクワだ。イスラエルの敵というよりは、イスラエルと親密な関係にある英国のといったほうが適切だけども。

MI6のスキャンダルで最もセンセーショナルなのは、もちろんあの事件。
モチーフからしても比べられるのはジョン・ル・カレの名作だろうし、著者がそれを意識していないわけはないだろうが、当然のことながら時代も描き方もその趣向も異なる。「現場的」でアクションシーンも多く、エンタメ要素も強い。このシリーズのファンにはお馴染みの「英国のスパイ」のクリストファー・ケラーやミハイル、MI6長官のグレアム・シーモアも重要な役割を果たしている。

作中とりわけ見事だったは、あの「裏切り者」が、ベイルートのノルマンディー・ホテルのバーで酒を飲んでいるシーンだ。そこで、まだ子供だったグレアム・シーモアにピンクジンを勧めるのだ。
ノスタルジーのみならず、将来起こる不穏な物語を予感させる絶妙な回想シーン。


「モグラは誰なのか?」については、ガブリエル同様すぐに見当がつくだろう。謎解きの過程はスリリングでそれなりに面白いが、そこは本題ではない。著者が描きたいのはむしろ裏切られた方だろう。
文字通り「歴史は繰り返す」

著者は毎回丁寧に登場人物や諜報機関の場所等をフィクションであると強調するものの、世界情勢は現実をなぞらえている。
物語を読み終えた後で著者あとがきを読むのは毎回の楽しみだ。物語と併せて読むことで、遠く馴染みない中東や西欧情勢についての概要や雰囲気を掴むことができる。
2014年から続く経済制裁の影響もあって、同国は経済的に困窮を極めているが、著者に言わせればプーチンとプーチン主義なるものは力を増しているという。そして、ケンブリッジ・ファイブが活躍した当時と、現代の間には、類似点が見られるという。
「プーチンの世界」という本の解説の中で佐藤優氏が言っていたが、彼は歴史主義者だ。KGBの昔の戦略を研究し、それを現代に活かそうとしているのも事実だろう。

いつも面白いなと思うのは、当時共産主義に傾倒したのは、揃って恵まれた階級の高い教育を受けた人間であることだ。
しかし、イデオロギーは赤くとも、彼らは生まれ育った階級の生活を依然として愛し続ける。すなわちブルジョワ的なものを。本書に登場するアンダルシアの”赤い女”もまさにそうで、彼女も汗臭い労働者に混ざってバスに乗ることを嫌悪する。
殆ど社会主義的国家のフランスは、その実、貴族的イメージと高級ブランドを主な産業としているのと似た矛盾だ。真逆のものに惹かれるのは真理ではあるけれども。

 

 


 


 

 

 

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