ノンフィクション

なぜ金融政策は無力なのか?「追われる国の経済学 〜ポスト・グローバリズムの処方箋」

2019-06-18

なんだかんだ言っても、やっぱり経済は大事。
麻生氏嫌いの人にも是非読んでいただきたい本(笑)


「追われる国」の経済学: ポスト・グローバリズムの処方箋

著者曰く「これまでのマクロ経済学界は、経済の二つある側面のうちの片方しか存在しないという過ちを犯していた。」
半月だとばかり思っていた月は実は丸かった的な?!

つまり、日本を含む「追われる国(先進国)」は、”経済学の残り半分”に相当する。ここで起きているのが「バランスシート不況」だ。バブル崩壊によって大幅にバランスシートが毀損し、企業や家計が借金返済を優先し貯蓄に励む状態だ。
誰かの支出は誰かの収入。誰もが支出を抑え借金返済や貯蓄に励めば、経済は必然的に縮小していく。皆が自分のために良かれと思ってとる行動は、結果として集団にとっても自分にとっても悪く働く。合成の誤謬だ

このバランスシート不況下では、金利が低くても、新たに借金をし投資事業をしなくなる。被追国が一様に陥っているのはこの状態だという。
これまでの経済学モデルでは、企業の目的は常に利益の最大化とされてきたが、バランスシートが毀損し債務超過に陥っている状況下では、債務の最小化を何よりも優先させる
だから、金融政策は全く効かないしお金も回らない。減税もヘリコプター・マネーも効果はないという。得した分、消費ではなく貯蓄に回すだけだから。


おそらくリチャード・クーのいうことは正しい。
著者を特に評価したいのは、処方箋を提示しているところだ。後付け分析だけなら誰でもできる。

ただしその処方箋も茨の道。なぜなら、それは公共事業だからだ。つまり、民間がしようとしない借金を、国が代わりに行い投資事業を行うことに他ならない。
膨大な財政赤字と格差社会に揺れる「追われる国々」において、国民に賛同を得るのはかなり難しいことは想像に難くない。何の代案もないくせに批判するだけの野党の姿も目に浮かぶ。(苦笑)

ただでさえ、日本人は守りに入っている。そこにきて年金2000万不足問題だ。これに消費税増税が加われば恐慌だって起こりかねない。それを煽るかのように、最近よく自称経済評論家のオバサンがメディアに登場し、バカのひとつ覚えのように「家計防衛、節約、節約」を叫んでいる。
縮小経済待ったなし。まさに崖っぷち。

理論上も現実世界でも、この状況下では金融政策は全く効果がない。同じ条件下で同じ実験を繰り返しても意味がない。だからこそ違う手段を講じるべきだ。それは、国が最後の借り手としての役割を果たすことだが、国民がそれを理解するのは感情的に難しい。道路やダムを作るなら自分たちに回せというのは目に見えている。しかもこの財政出動は、民間のバランスシートが修復されるまで何十年というスパンで続ける必要があるともいう。

バランスシート不況を脱したとしても、被追国の労働者はもはや自力で頑張るしかないという。
本書では、時代を追って、どのような流れで日本が追う国から被追国になっていったのかも説明している。
欧米を追う立場にあった黄金時代、日本経済を牽引したのは製造業だ。製造業の仕事は高度な教育を必要としないため、社会の底辺を含め国民全体の賃金を引き上げた。製造業主導の経済成長は国民全員に恩恵をもたらすことができたのだ。しかし、そんな黄金時代は二度とやってこない。被追国では国内より海外のほうが資本収益率が高いのだから。
だから被追国の労働者は自力で頑張るしかなく、追いかける国の低賃金の労働者よりも高い賃金を得るためには、それ相応の教育が不可欠だ。

一般に米国内ではアジア系の所得が高い。この理由について橘玲氏はそれは民族間の能力格差だと言ったが、著者はこう言う。「アジア系の若者の多くは、全員ではないかもしれないが、生まれた時から勉強以外に選択肢がないこと刷り込まれているからだ。」
所得の高いアジア系は、猛烈に勉強することで差別化に成功してきた。

アメリカが日本や欧州に比べバランスシート不況のダメージが少なかったのは、GAFAに代表される新しい産業が果たした役割も大きい。それには新製品や画期的アイデアを生み出すことのできる人間をいかに育むかが重要だ。それには欧米型一般教養が有利に働くという。
学生が自分で考え、その考えを理論と証拠でもって具現化できることを重視するものだ。環境や本人のやる気や能力はもちろんだが、そういう教育には何よりお金がかかる。
それなりの大学に進学しさえすればいい時代はとっくに終わっている。富裕層が子供を日本の学校ではなく、敢えて欧米の学校に通わせるのには相応の理由がある。

被追国が後続の激しい追い上げをかわすためには、彼らより速く走らなければならないが、それには相続税の引き下げや、所得税の累進性の引き下げ等、これまでとは違う税制や規制が必要になってくるともいう。
しかし国全体として浮遊しても、格差はますます広がるだろう。

バランスシート不況とその処方箋について著者の理論と処方箋は正しいのだろうが、重大な欠点もある。
根底には「機会の平等はあるべきだが、結果の平等は保証のかぎりではない」という資本主義の残酷さがあるからだ。
特に黄金期の恩恵を受け、バブル期の「一億総中流」を肌で覚えている世代には受け入れがたい。
富裕層はいうに及ばず、庶民にとっても、国全体で沈むよりも浮上したいたほうが良いに決まっている。が、何事もそう合理的にいかないのが世の中というものだ。

この本で示されているのは、今までの経済学の残りの部分ということだったが、これにはまだ続きがあるのかもしれない。
被追国から陥落するケースとそれを維持するケース。それぞれのケースに陥った国々ではどんなことが起こるのだろう?
最も興味があるのはその点だが、それらについては後からの分析を待つしかないのだろうか。

余談だが、冒頭で麻生氏嫌いの方にも是非と言っているのは、著者の麻生太郎氏評がかなり良いからです。私も彼は世間で言われているよりも有能だと思うけどな。ボルサリーノも素敵だし。

 

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