アウシュビッツの医師のノンフィクション小説「ヨーゼフ・メンゲレの逃亡」

本書はナチ親衛隊の将校にしてアウシュビッツの医師だったヨーゼフ・メンゲレのノンフクション小説だ。フランスの最も権威ある賞のひとつルノードー賞と、その年の最高の小説を選ぶ「文学賞の中の賞」に輝いた。

世に溢れすぎな感もあるナチもの小説だが、本書は読む価値のある傑作だと思う。
フランスものはとにかく癖が強いからなぁと思いきや、翻訳は、HHhH (プラハ、1942年) の高橋啓氏。読みやすく味わい深い。

ヨーゼフ・メンゲレの逃亡 (海外文学セレクション)

単行本で出されるため、電子版でも少々お高めなのが玉にキズだが、東京創元社のこの海外文学シリーズは結構好き。

 

メンゲレといえば、オペラのアリアを口ずさみながら人体事件の被験者やガス室送りの選別を行い、「死の天使」と呼ばれ恐れられた人物だ。
戦後は南米大陸へ逃れて、モサドにも捕まることなくブラジルで没している。

彼がどのような心情で逃亡生活を送っていたか、何をかんがえていたのかなどについてはもはや誰もわからないが、著者オリヴィエ・ゲーズは「小説の形式だけが、このナチスの医師の死にいたる軌跡に接近させてくれる」と言う。

本書に描かれているメンゲレは、訳者も述べているように”卑しく器が小さい”
父親に生涯甘え続け、実の弟を激しく憎み、彼に報復するためだけに亡き弟の妻を娶ったほどだ。もうどんだけ・・・

また、ナチの犯罪者といえば、モサドに捕らえられイスラエルで死刑を宣告されたアドルフ・アイヒマンが真っ先に思い浮かぶが、本書にもアイヒマンは登場している。アルゼンチンでアイヒマンとメンゲレは出会っているのだ。この二人の対比はかなり面白くて、考えさせられる。

メンゲレは、自己顕示欲の強いアイヒマンを愚かだと蔑み、距離を置いた。
実際、ナチの大物であることをひけらかし、異国の地での地位を保とうとしたアイヒマンは、モサドに捕らえら拉致されたが、メンゲレは逃げきっている。
また、アイヒマンが結局のところ「上からの命令に従った」だけであり、自分自身もナチの歯車の一つに過ぎなかったと抗弁したのに対し、メンゲレはヒトラーとは異なる独自の考えを持っていたともいう。
ヒトラーはユダヤ人を劣等民族と考えていたが、メンゲレはユダヤ人はドイツ人と同じくらい優秀だからこそ淘汰しようと考えていたという。ひねくれまくり。
だからこそ、モサドに対しての警戒を怠らなかったのかもしれない。

アイヒマンはいうなれば平凡だったが、メンゲレは卑小だった。平凡と卑小は似て非なるもの。同じ悪でも卑小さのほうが「はるかに射程が長い」という著者の言葉が重く残る。

  

 

 

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