テレビをつければ、ベッキー&ゲスの不倫話ばかり。ベッキーはバッシングでほぼ全ての番組を降板し、ついには休業を余儀なくされてしまった。障害があればより燃えるというが、彼女もきっと今その真っ只中にいるのかもしれない。
と、雑談はさておき、本書は恋愛小説なのだ。しかも、恋愛は恋愛でも同性愛を扱ったものなのである。
映画『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』(原作は「リプリー」)の原作者としても知られるパトリシア・ハイスミスだが、彼女がレズビアンだたというのは有名な話だったらしい。
主人公は、19歳のテレーズ。彼女は舞台美術家を夢見てニューヨークに出てきたものの、クリスマスシーズンのデパートで臨時のアルバイトをしている。リチャードという婚約者がいるが、結婚したいと思うほど彼のことを愛してはいない。
そんな時、美しい女性キャロルと出会う。彼女は自分娘のクリスマスプレゼントを買うためテレーズの働くデパートにやってきたのだ。毛皮をふわりとまとった彼女と目があった途端、テレーズは動けなくなってしまう。
この瞬間全てが始まった。一瞬にして彼女に魅せられてしまったテレーズは、思い切って伝票の住所にクリスマスカードを贈り、それが縁で二人の交際は始まるのだが・・・
本書はルーニー・マーラとケイト・ブランシェット出演で映画化されていて、本年度のアカデミー賞最多9部門にノミネートされているらしい。
キャロル役はケイト・ブランシェットにぴったり。ルーニーも感受性の強いテレーズを見事に演じてくれているのだろう。二人は主演女優賞と助演女優賞の最有力候補でもある。2月末の授賞式が今から楽しみだが、さてどうなることだろうか。
本書の特徴は、美しい恋愛小説であるにもかかわらず、不穏な気配が漂っていることだろう。今にも誰かが殺されそうな緊張感があるのだ。こういうところはやっぱりハイスミス。
そんなにも不安にさせるのは、不安定で感受性の強いテレーズの目を通して描かれているからかもしれない。
キャロルに出会ったときの彼女は、自分の将来に自信が持てず、暗い想像ばかり膨らませる未熟な女の子だった。婚約者のリチャードに対しても思いやりを持つことができず、自分勝手に振舞ってしまう。
しかし、キャロルとの付き合いによってテレーズは次第に大人になっていく。
「私以外私じゃないの」とばかりに、もはや自分のことだけを考え行動する子供ではなくなるのだ。
読後感の良さは、希望を感じさせる結末だけでなく彼女の成長を感じることも大きい。
また、直接表現はないのにエロチシズムを感じさせるところもいい。
私が好きなのは、リチャードの母親がテレーズにもたせてくれたランチボックスのキャビアを、キャロルが食べるシーンだ。
「キャビアは好きじゃない。だってキャビアを好きな人みんな、病みつきにある味だというでしょ?」
というテレーズに、キャロルはこういうのだ。
「(病みつきになるのは)生まれてから身に付いた味覚だからよ。生まれつきの味覚より美味しく感じるの。ーしかも、いったん覚えたら簡単には変えられない。」
これほどエロティックで意味深な台詞もないのではないだろうか。
作中、古典とは何かとキャロルに問われたテレーズは「時代を超越した人間の業を描くもの」と答えている。理性で制御できないからこそ、恋は文学や芸術の永遠のテーマなのだろう。
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