ついに梅雨明けするようだ。
著者のダグラス・プレストンはアメリカ自然史博物館のライター兼編集者で、ナショナルジオグラフィックの記者として、猿神王国探検に同行している。ミステリーファンにとっても、リンカーン・チャイルドと共著で馴染みがあるだろうか。
当然治安も良くはないだろうとは思っていたが、世界で最も殺人率の高い国だそうで…。しかもモスキュア地方の熱帯雨林周辺は麻薬カルテルが牛耳っており、世界の辺境のホンジュラスのなかにあってもっとも辺境の地だという。
もう聞いただけでね…普通の日本人には一生縁のない国だろう。
アマゾンの秘境や、ニューギニア高地でさえ時期によっては地元民が利用していたり調査隊が立ち入ったりしているが、本書に登場するモスキュア地方のジャングルは正真正銘の秘境、地上最後の人跡未踏の地だ。そんな山中の苛酷なジャングルのどこかに、未発見の大規模な遺跡があるという。
“白い都市” シウダー・ブランカと言われるのは、白い石で作られた都市だったからで、表題にもなっている「猿神」は、この文明が猿の巨像を神として崇めていたからだ。
猿神王国は、ホンジュラスの先住民には「禁断の地」として恐れられていた。曰く、そこに立ち入れば悪魔に殺され二度と戻っては来られない。
しかも、約8万平方キロメートルに及ぶこのモスキュア地方のどのあたりに、遺跡があるかすらわからないのだった。
スティーブ・エルキンスが猿神王国の噂に魅せられ、初めてホンジュラスの地に足を踏み入れたのは1994年。彼はこの最初の試みで、曰く「白い都市のウィルス」に感染してしまい、生涯の使命を見つけた。その一方で、ジャングルをあてもなく探検することの無意味さを感じ、もっと系統立て、歴史研究とハイテクの両輪でこの探検を行うべきだとも考えた。
そして、著者も含めて探検隊のメンバーの半数が熱帯特有の病気に罹ってしまう。マラリアに次いで致死率の高い寄生虫病のリューシュマニア病だった。世界で千二百万人が罹患し、毎年6万人もの人が死んでいるというのに顧みられることのない病気だ。これという治療薬もワクチン開発もない。なぜならこの病に罹患するのは熱帯雨林に住まう貧しい人々なので、製薬会社にとってメリットがないからだ。
時に、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」や「銃・病原菌・鉄」を引用しつつ、著者は考古学が持つ意義について考えさせる。この本は単に冒険読み物としても面白いのだが、それ以上の存在に押し上げているのはこの点だ。
考古学は、私たちに環境破壊、不平等、戦争、階級間の分断や搾取等々、多くを語ってくれる。
マヤ文明のコパンが滅びたのは、環境破壊と増大した王族の怠惰と無能が相まったためだと言われるが、それは今の世界も同様なのではないか。著者は王族や神官を、極端に剛学な報酬を得ているCEOに喩える。こうした階層化がうまく機能するのは、社会の各成員が自分は社会の一部で重要な役割を担っている価値ある存在だと信じる限りにおいてだというが、現代社会においてはどうだろう。
またマヤと異なり、モスキュアの猿神王国はある時突如として消滅したと考えられるそうだが、それは極めて致死率の高い病原菌によるものとも考えることもできる。そして、免疫学者はかつてのスペイン風邪のような病気の大流行はいずれ起こると考えているという。
永遠に栄えた文明は一つとしてない、という最後の言葉は非常に重い。
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