ミレニアム4 蜘蛛の巣を払う女 / ダヴィド・ラーゲルクランツ 

ようやくリスベットが帰ってきた!
著者スティーグ・ラーソンが急逝し、もう続きは読むことができないかと思っていたが、ようやくミレニアムが復活した。

日本ではあまり馴染みのない作家であるデヴィド・ラーゲルクランツが続編を引き受けたと聞いて、「やめておいた方がいいのでは?」と思っていたが、かなり良いのではないだろうか。

もしかして、ラーソンのPCに残されていたものよりも良い出来かもしれない。

 

かつての登場人物はほぼ勢揃い。本書執筆にあたって、三部作を丹念に読み込んだというだけはある。
わざわざおさらいをしなくてもいいように、それぞれについて丁寧な説明も添えてもあるのだ。
欲を言えば、やや説明的な嫌いもなきにしもあらずではあるが。

ファンにとって喜ばしいのは、本書にはミレニアムファンが最も会いたかった人物が登場することだろう
その人物のキャラクターも、ファンが「そうあるべき」と思っている姿そのままだ。ほとんどパーフェクトな滑り出しと言っていいと思う。

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物語の舞台は、『ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士』衝撃のラストから数年後。
雑誌ミレニアムは、「ザラチェンコ事件」以降ネタを掴めず、大手メディアの傘下に入っていた。「ミカエル・プルムクヴィストはもう終わった」という者まで現れる始末。

そんな折、ミカエルは人工知能(AI )の権威フランス・バルデル教授の以前のアシスタントから、教授と会って欲しいと打診される。教授は、今日の技術的特異点の世界的権威とみなされていた。技術的特異点とは、AIが人間の知能を凌駕する時点を指す仮設上の概念だ。彼はアメリカの大企業ソリフォン社を辞め、帰国したばかりだが極端に怯えていた。

教授が雇った女ハッカーによれば、彼はハッキングされていたらしいのだ。
“ガリガリに痩せていてタトゥーとピアスだらけ”。その女ハッカーは、十中八九リスベットに違いない。依頼を断ろうと思っていたミカエルだったが、彼女が関わっているのならと考え直す。
教授はミカエルにすべてを明かそうとするが、一足違いで殺されてしまう。彼はソリフォン社で革命をもたらす発見をし、その成果を持ち出してしまったと言われていた。

教授殺害の一部始終を見ていたのは、自閉症児の息子のアウグストだけ。生まれてから一言も言葉を発したことのないアウグストは実は彼は「サヴァン」だった。アウグストには、映像記憶力と、数学的ともいえる緻密さで線描画を描くことができる才能があったのだ・・・

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ラーソンによる「ミレニアム三部作」とラーゲルクランツによる新・ミレニアムの違いは、ずばりリスベットが先んじて攻撃に転じていることだ。
これまでは、国、世間、父親に虐げられたことへの復讐をなしてきたのだが、今回は自らが信じる正義のため先んじて手を打つのだ。

また、リスベットは自らのことを「他人に共感できない、極めて暴力的」(上巻位置番号4298)と言ってはいるが、十二分に共感も示している。その最たるものが、自閉症児のアウグストだろう。アウグストはリスベット以上の天才でもあり、今後も彼女にとって頼りになる存在なのかもしれない。というのも、とりあえずの決着をみたものの、まだAIの問題は解決していないのではないのかと思えるからだ。

教授は殺される直前に自らが開発したAIを消去したが、もしも彼が”AGI”開発に成功し、”シンギュラリティー”を起こしていたのだとしたら、”AGI”がやすやすと消去されるわけがないのだ。
ちなみに、ミカエルがリスベットに送った問いかけに対して、彼女はこうミカエルに返している。

人間が自分たちより少しだけ賢い機械をつくり出したら、どんなことができると思う?
もしもそうなったら、リスベット・サランデルさえ威張れなくなる世界がやってくる…コントロール不能な知性の爆発状態がやってくるだろう…

そんな”AGI”を前にはリスベットすらお手上げだ。だが、彼女と同様に映像記憶力を備え、数学と芸術の才能をも併せ持つアウグストの助力があればどうだろうか。そんな漫画みたいな安い展開は私も期待していないが想像は膨らんでしまう。

ラーゲルクライツは、5部、6部も視野に入れ、作品にとりかかっているというから、今後の展開が大いに楽しみである。

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最後にもうひとつだけ。
リスベットがバンデル教授の弟子とチェスし、やり負かすシーンがあるのだが(上巻後半)、ここでラーゲルクランツはリスベットにかのボビー・フィッシャーがロバート・バーンに勝ったのと同じ戦法をとらせている。

ボビー・フィッシャーは、世紀の対局といわれるゲームで、クイーンを相手に与え、バーン教授に敗北を宣言させたのだ。駒も戦術も捨ててしまったと思われたフィッシャーだったが、実は壊滅的な猛攻に出ていた。バーン教授はそのことに気づくこともできなかったという。

言われてみれば、常に苦戦しているようでありながらも、猛攻を仕掛ける。それこそがリスベットなのである。

 

 

 

 

 

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