アフター・コロナでは米中を隔てた竹のカーテンが敷かれそうとの話だが、こちらは冷戦下の鉄のカーテンで仕切られた世界が舞台。
映画でも有名な「ドクトル・ジバゴ」はその時代のソ連の詩人であり小説家ボリス・パステルナークの恋愛小説。戦争と革命に翻弄されるジバコの生涯を描いたものだ。これが革命を批判しているとして、国内では88年まで発行禁止だった。
まずイタリアで刊行された「ドクトル・ジバゴ」は、世界に知られることとなり紆余曲折の末にノーベル文学賞を受賞したが、その背後でCIAはこの本に目をつけ作戦に利用したのだという。
つまり、この本を読むことで、ソ連の人々に自国の体勢に大いに疑問を持ってもらい、内側からソ連を崩壊させようとするものだ。
国境近くの韓国の人が、情報が閉ざされている北朝鮮の人々に向けてビラをつけた風船を飛ばしているが、思惑は大体同じ。
現代はマネーの時代だが、冷戦時代は思想とプロパガンダの時代だった。
本書はその「ドクトル・ジバゴ」自体をモチーフにした恋愛小説。
鉄のカーテンの東側では、まさにその「ドクトル・ジバゴ」の著者ボリス・パステルナークとその愛人オリガの強い愛が、西側ではCIAのタイピストでありスパイのイリーナの愛が描かれている。
オリガの強さにも心打たれるが、イリーナの人物造型が素晴らしい。
容姿に恵まれながらも決して目立たない特質、唐突に開かれた女スパイへの道、ロシア移民の母親との生活、そしてサリーの存在…
恋愛小説の枠を超え、強く、リアルでありながら詩的で読み応えがある。その強さに圧倒される。
しかし、反面でそれがよくわからないところがあるのも事実で…
特にオリガが巻き込み犠牲にしてしまったものは計り知れないから。
自らの未熟さを嘆くべきか、わからない幸福をありがたいと思うべきか。いずれにせよ、考えさせられる。
恋愛小説であると同時に、本書はやはりスパイ小説でもある。
女スパイの物語は最近では「戦場のアリス」が記憶に残っているが、これもまた実話に基づくものだった。
史実に上手に肉付けされたフィクションには、独特の強さがある。
「本書には三人のラーラがいる」役者の方は後書きでそう語っているが、本書の著者ラーラ・プレスコットというのは本名らしい。
残り二人は言わずもがなの「ドクトル・ジバゴ」のラーラ、そのラーラのモデルと言われるパステルナークの愛人オルガだ。
プレスコットの綺麗な金髪は、ちょっとオリガを彷彿とさせるかも。
でも、実はイリーナも、もう一人のラーラなのではないかとちょっと思ったりもした。
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