フィクション

トランプのアメリカを描くアート・ケラー麻薬戦争三部作完結編「ザ・ボーダー」

2019-09-19

人気作家ドン・ウィンズロウによる「犬の力」「ザ・カルテル」の麻薬捜査官アート・ケラーのシリーズの完結編。
何か感じが違うなと思ったら、版元は角川からハーパー・コリンズへ訳者も割と硬派な峯村利哉氏から田口俊樹氏へと変わっていた。

 

ザ・ボーダー 上 (ハーパーBOOKS)
ザ・ボーダー 下 (ハーパーBOOKS)


前作、前々作は読んでおいたほうがいいと思うが、これだけでもダイジョウブ。作中にも過去の説明が簡単にされている。私も前2作品は再読はしなかった。
というのも、ちょうどNetflixの「ナルコス メキシコ編」(現在配信されているのはシーズン1のみ)にはまっていたので、麻薬戦争づくしだったから(笑)もうお腹イッパイ…
この実話をもとにしたドラマは、描き方こそ違うものの、ちょうど「犬の力」での初期の時期に該当する。

本書の主人公アート(アルトゥーロ)・ケラーは、「犬の力」ではメキシコのシナロアに派遣されたDEA(麻薬取締官)の捜査員だった。麻薬王のアダン・バレーラを逮捕するまでを描いているのが「犬の力」で、続く「ザ・カルテル」では脱獄し再びナルコの座に返り咲いたアダンとその対抗勢力との文字通り血みどろの闘いを描いている。
本書はそのクライマックスである”グアテマラの殺戮”の後の話だ。

有力議員の働きかけによる政治任用によって、DEAの長官になったケラーは、再び麻薬戦争に引きずり戻される。
圧倒的勢力を誇ったナルコ、アダン・バレーラ亡き後のメキシコは、その王座をめぐり混沌と破壊の最中にある。そんな最中にあってもアメリカには、大量のヘロインが流入し続けていた。
ケラーはニューヨーク州警察の麻薬捜査員の協力を得て、大元の組織を殲滅すべく、極秘潜入作戦を敢行する…

本書が際立っているのは、これが今、まさに起きている現在進行形の物語だということだ。
立場上ケラーもほぼワシントンにいて、政敵にも頭を悩ませる。
さすがに名前こそ変えてあるが、作中のデニソン大統領はトランプそのものだ。不法移民と麻薬の流入を阻止するため、メキシコとの国境に壁を作るという選挙公約や、ツィッターの多用はもちろん、上級顧問に就任した娘婿が不動産業を営んでいることもそのまま。このライブ感が物語を圧倒的に面白くしている。

本書は互いに争い殺しあうナルコたちやケラーの物語であるとともに、ヘロイン中毒者の女性ジャッキーと潜入捜査官シレロの物語であり、貧しいグアテマラからアメリカへ不法入国を望む少年ニコの物語でもある。

この小説で取り上げられている社会問題は、白か黒かの二元論で割り切れるものではない。
リベラル派はトランプの壁に反対するが、作中でも描かれている通り、不法移民が結果として国内の治安悪化をもたらしているのも事実だ。
まあ、もしも北朝鮮が崩壊して難民が日本に押し寄せてきたら、「喜んで!」と歓迎するわけにもいかないわけで…

また一つの巨悪を取り除いた結果、以前より事態が悪化し混沌を招くというのはよくみられる悲劇だ。
ヒドラの首を切り落としたら、そこからは二つの首が生えてきて状況はより悪くなる。ケラーの麻薬戦争もまさにその繰り返しだ。
そして悪を叩こうとして、はからずも悪をなすことにもある。
どこからどこまでが善で、どこからが悪なのか。

文字通りの「国境」をテーマにしているが、同時に善悪の境界線(の曖昧さ)といるのだろうなぁという感じ。

ウィンズロウの小説といえば、以前「ダ・フォース」を読んだ際に、同じウィンズロウファンの人に「マローンはでも悪人じゃないよね?」と言ったら、「悪い人だよ!!!」と言われて意外に思ったことがある…
このマローンというニューヨーク市警の警官は、確かに汚職警官ではあるが、損得抜きで「弱きを助けるいい人」でもあるのだ。まあ、日本だと、それはそれ、これはこれ的に許されないのだろうけども。
そのとき思ったのが「悪と善の境界線」というものの曖昧さだった。

 


 


 

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