窓際スパイシリーズ第三弾「放たれた虎」 放たれたのは「虎」ではなく「屁」だったかも。

シリーズものに追われる秋・・・

一口にシリーズものといっても、途中から読み始めても問題ないものも多いが、これは絶対最初から読むべきシリーズだ。
大丈夫。安心してください。文庫だし、まだ三冊目にすぎない。

とはいえ、英国ならではのウィットやブラックといっていいユーモアが盛り込まれ、かつ衒学趣味的でもあるので、読む人を選ぶかもしれない。
ハリウッド映画やなんとか殺人事件的わかりやすさは全くない。こういうところも英国的だ。ある意味、これぞスパイ小説である。

「死んだライオン」は2013年のゴールドダガー賞に輝いたが、本書もまた、同賞とスティールダガーにノミネートされた。

  

MI5の追い出し部屋、通称「泥沼の家 (スラウハウス)」。失敗をおかしたり能無しの烙印を押された者はここに送られる。MI5とはいえ、今日日解雇は訴訟だのなんだのと色々やっかいだからだ。

元アル中の秘書キャサリン、同僚に嵌めれラッシュ時の地下鉄の駅に大混乱をもたらしてしまったリヴァー、前作で同僚の恋人を亡くしたルイーザ、嫌われもののオタクのホー、ギャンブル依存症のマーカス、レズビアンでコカイン常習者のシャーリー。
彼らは蔑みの意で ”遅い馬”とよばれ、この「泥沼の家」で自ら辞める決意をするまで飼い殺しにされる。

そんな” 遅い馬”たちを束ねているのが、我らがおならの王、ジャクソン・ラムだ。
太っちょのヘビースモーカーで、ところかまわず屁をひり、女性の前でも股間をボリボリと掻くほど無神経だが、必要なときには昔とった杵柄をふるうことができる冷戦時代の古つわものだ。

このオヤジが食えない。イヤ、間違っても喰いたくはないが。

物語は、キャサリンがある男に拉致されるところからはじまる。
ショーン・ドノヴァン。アル中だった頃の飲み仲間にして恋人で、政府高官に意見を求められる地位にいた軍人だったが、危険運転致死罪で実刑判決を受け、出所したばかりだった。

手錠に猿轡のキャサリンの写メをみたリヴァーは、彼女の身の安全のため犯人と取引をする。

それは、リージェンツ・パーク(MI5本部)の地下に保管されているあるファイルを盗んでくるというものだったが・・・

 

今回の主役は、”遅い馬”たちでもラムでもなく、保安部のトップたちだ。
MI5の局長のイングリッド・ターナーと、彼女にとって変わろうと目論むナンバーツーのダイアナ・タヴァナー、それに新たに彼女たちの上に君臨した内務大臣のピーター・ジャドが絡む。
親の莫大な遺産を受け継いだサイコパスのピーター・ジャドは、内務大臣の椅子に満足せず、野心を燃やし首相への足がかりを掴もうとしている。

彼らトップの覇権争いに、MI5の掃き溜め「泥沼の家」の”遅い馬”たちがどうかかわってくるのか。これが本書の見どころだ。

毎度のことながら、どこへ向かうのか展開は全く読めない。
エリザベス女王はレプリティアンだとか何とかいうトンデモ系の情報を集めたブルーファイル、未来を奪われた元軍人ショーンに、ターニーとタヴァナーの間の火花。ジャドの野望。
張り巡らされた伏線は一体どこにどうつながりどう回収されるのか。一気にくる収斂の鮮やかさには感嘆の息がもれる。

原題は「Real Tigers」。放たれたのはタイガーチームだったが、「虎」は本来群れることはない動物だ。本当の虎とは、差し向けられたチームではなく、トップの彼ら三人のことだろう。
同じ縄張りに虎が三匹もいれば、殺し合いは必須だ。

結果として、「窓際のスパイ」から依然として続く保安部の熾烈な覇権争いも、次作では大きく動きそうでもある。
その決定的な鍵を握るのは、食えない太っちょのジャクソン・ラムだ。

放たれたのはやはり「虎」ではなく、「屁」の方だったのではないか。

 

 



 

 

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