窓際のスパイ / ミック・ヘロン

ひと味ちがうスパイ小説だが、私はこういうの大好きだ。

原題は『Slow Horses (Slough House)』
窓際のスパイという邦題より、断然こっちの方がいい。

 

この窓際部署は、通称泥沼の家(スラウ・ハウス)といわれている。文字通り、保安部における泥沼。この泥の家はそこにいる窓際スパイたち(遅い馬)と韻を踏んでいる。

ところで、英国のスパイといえば007こと、ジェームズ・ボンドだが、彼の所属はMI6だ。我々もよく知る外務省の管轄下にある秘密情報部。007シリーズの映画で観るとおり海外での情報活動に従事している。
一方、国内で活動を担当するのがMI5、本書の舞台となる保安部である。

我らが主人公、リヴァー・カートライトは昇級試験で大失敗をやらかしてし、”泥沼の家”に左遷されるところから物語は始まる。
本来ならクビだろうが、彼の祖父が伝説のスパイだったため”泥沼の家”送りで済んだのだ。
泥沼の家の遅い馬たちに与えられるのは、何の訳にも立ちそうにない単純なデスクワークのみだ。
自国育ちテロが増加する昨今、MI5の担う役割は大きいが、遅い馬たちは何の期待もされない。メンバーはリヴァーを入れて総勢10名で、皆ワケありばかりだ。

そんな”泥沼の家”を束ねるのは、ジャクソン・ラム。太鼓腹で、煮染めたような服を着ていて、所構わず屁をする。
リヴァーの祖父は「ジャクソン・ラムの下で言われたことをやっていれば、いつか戻れる。失敗は帳消しになる。」と孫をなぐさめるが、”遅い馬”に明日がないのは周知の事実だ。
そんなとき、英国全土を揺るがす大事件が起こる。
48時間以内に首を刎ねるという脅迫文とともに、フードをかぶせられた若者を撮影した動画がBBCに投稿されたのだ。その手に持たされている新聞が本物だとすれば、犯行現場は英国国内だ。

だが”遅い馬”たちに出番はない。しかし、物語は思ってもいなかった方向へ動きはじめる・・・


  
冷戦時のスパイ小説は「敵対われわれ」という構図だったが、いまや「敵はわれわれの中にある」時代。一言でいえば、落ちこぼれ集団が結束し奮起する物語であるが、プロットが緻密にかつ複雑に練られている。

また人物造形の巧いのだ。特にジャクソン・ラムのキャラがいい。
リヴァーはラムをカバに喩える。カバはいかにも愚鈍そうでいてこの世で最も凶暴な動物だが、オナラばかりしているラムもそうなのだ。そんなラムや遅い馬たちの活躍は見ていて楽しい。

こういう美味しい設定を一回で終わらせてしまう手はない。もちろん、この後も第二弾の『Dead Lions』は英国では既に刊行されており、2013年のゴールドダガーに輝いたという。

ゴールドダガーにはベリンダ・バウアーのラバーネッカー』 も候補にあがっており、なぜ逃したのかと思っていたがミック・ヘロンと競合してしまったら仕方ないか。

 

 

 

 

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