フィクション

SFはかくありき!アーサー・C・クラークの「幼年期の終わり」

2019-08-10

世間さまはお盆休み。今年は最大9連休なんだとか。
でも私は毎年のごとくどこにも行かず、混雑を避けて先にバカンスを楽しんできたジム友の方々のお土産話など聞かせていただいている。
ジム友さんたちは裕福なので毎回毎回豪勢な旅行を楽しまれているが、聞いていると、自分も行った気分になれる単純で安上がりな私(笑)

旅行には時間とお金と体力が必要だけど、その点、読書はいいよね。リーブナブルなうえに、ポータブルだし(笑)

最近やや宇宙づいていたので、アーサー・C・クラークの代表作といわれる「幼年期の終わり」を読んでみた。実はクラークは「2001年宇宙の旅」くらいのもので本書はお初。でもさすがはクラーク。SF小説はかくありき。

  幼年期の終り


地球上空に突如として巨大な宇宙船が現れる。遠い異星から地球にやってきたのは、地球とは比べものにならないほど科学技術的に進んだ異星人だ。
地球人からみれば、彼らは全知全能の神に等しく、その意味から”オーヴァーロード”と呼ばれる。
オーヴァーロードは、人間に決して姿を見せることなく統治し、争いも貧困もない平和で理想的な社会をもたらすが…
彼らの真の目的は何なのか?



物理は最先端になればなるほど奇妙でSF的になっていき、最終的には哲学の問題に突き当たるが、そのことを改めて考えさせられる作品。

オーヴァーロードの容姿、人類の将来等々、文学的に素晴らしいことはいうまでもない。物語がある点に差し掛かったところで、タイトルの意味するところがわかってくるのも秀逸。
最先端物理の奇妙さを知らなければ、哲学的でディストピア的な面にしか目が向かないかもしれないが、その文学性はその科学性と優れた予見に支えられている。クラークがユネスコからカリンガ賞を授与されるほどの科学評論家であったからこそだ。
面白ければそれでいいという意見もあるだろうが、やっぱりSFは科学性がスタート地点なのだから、そこが疎かだと説得に欠けるしどうも気持ちが悪い。

私は割と科学系読み物というやつが好きで、理解できそうなものになるべくチャレンジしているのだが、超ヒモ理論やら、多元宇宙やらに関するものを読んでいると、どうも科学と哲学は全く別の相反するもののようでありながら、その実、根っこは同じなのじゃないかと解するようになった。
宇宙に限らず「ホモデウス」などの意図するところも同種のものだろう。
今年読んだ中で最も有益だったのはミチオ・カク博士による一般向け科学読み物の「人類、宇宙に住む 実現への3つのステップ」だったが、この科学読み物とこの小説は、理論的にはほとんど違わない。
ネタバレするようだけど、まさに「レーザーポーティング」だし!

  

 

 

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