フィクション

”まっとう”であり続ける贅沢 ル・カレ新作「スパイはいまも謀略の地に」

2020-09-02

スパイ小説の大家、ジョン・ル・カレの新作。もうかなりな高齢なので、引退するのかと思いきやの新作。すごいの一言。

英国情報局(SIS)のベテラン部員の回顧録的に描かれているのだが、読んだ感想は

「今の世の中、”まっとう”であり続けるのは贅沢なことだな」

ということだった。
もちろん、なにを持って「まっとう」かは各々の解釈で異なるが、この場合は「自分の信念を貫く」と言った意味合い。

今の時代には何よりこれが難しいもんね・・・
私なんかすぐ長いものに巻かれちゃうわ。

 

 

スパイはいまも謀略の地に

主人公は引退間際の諜報員ナット。
専門はロシアでこれまで成果もあげてきたが、人員の吹き溜りのような部署の立て直しを任されることになる。

<安息所ーヘイブン>と呼ばれるその部署は、ナットに言わせれば全く機能していない下部組織で、無価値の亡命者と落ち目の情報屋の廃棄処分場だ。
折しも英国はEU離脱が確定し混乱期にあり、ロシアの脅威は増していた。

ナットは趣味のバドミントンでエドという若者と出会い親しくなるが、時を同じくして、かつてナットが作戦で関与したロシア人亡命者から、ロシアの大物スパイが英国内で大きい作戦を開始するとの情報が寄せられる。
そしてナットにとって衝撃的な事実が明らかになり・・・

本書では言及されてはいないが、プーチンに近いオリガルヒによる保守党への献金や、ブレグジットを問うた国民投票で米大統領戦の時のようにロシアの干渉があったのではとも言われている。
日本人には少しわかりにくいが、多分これらのことを暗黙の了解として、描かれている。

今は何もかもが善か悪かの二元論で語ることはできない時代なので、ブレグジットそれ自体についてはなんとも言いがたい。
ただ、自身の投影のように感じられるナットを見ると、他の多くのエスタブリッシュメント同様にル・カレ自身も残留派だったのだなという感じ。

ロシアの関与云々を抜きにしても、残留派には残留派の言い分があるし、それは離脱派もしかり。

先に辞意を表明した安倍首相の長きにわたる政権やアベノミクスについても同じ。良かったのか悪かったのかは人によって当然違う。

ただ、ちょっと思うのは、資本主義社会が、良い言い方をすれば成熟、悪く言えばどん詰まりに向かっている中で、今後誰が首相になって舵取りをしても、大多数の庶民にとっては変わらないか、より悪くなるかではないかなぁと。
ずば抜けた能力や資産のある人は別だが、そういう人はそもそもどんな政権であろうと関係ない。
今の路線を継承するなら今と変わらないか、悪くなるにも緩やかだろうが、少し舵取りを誤れば急激に悪化するかも。
安倍時代から大きく脱却するのが正しいか否かは別として、それには改革が必須だが、改革は国民に痛みを強いる。特に弱い立場の人に・・・
小泉政権時代になされた構造改革を振り返ってもそれは明らか。

自分が信じる正義が国民の決断とは異なる場合、属する組織の命令とは異なる場合、どうすべきなのか。
訳者の方も指摘の通り、ル・カレ作品の魅力は時代を反映した時事ネタと主人公の葛藤にある。

自分の信念を貫くには大いなる犠牲を伴う。普通の人間にはなかなか払い切れるものではない。文字通り経済的な意味においても・・・
ナットの妻がやり手の弁護士だというのも大きい。
そうした決断ができるのは恵まれた人の特権なのかなぁと、持たざる者としてはちょっと卑屈に感じてしまった。

作中ではトランプも「プーチンの便所掃除人」とかひどい言われよう(笑)
でも、もしトランプが再選しなければアメリカ経済の先行きも分からなくなりそうな・・・

トランプ大統領が誕生した時は、世界中が驚いたものだけど、予想に反してダウは爆上げw
その後も「分断」という大きい問題を抱えつつも、経済と雇用に限って言えばトランプは非常に優秀だと言わざるを得ない。
本当に奇妙な時代になったものだわ・・・

 

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