関門海峡プチ・トリップ5〜佐々木小次郎と宮本武蔵が闘った巌流島へ

予定よりちょっと遅くなったけど、今日は巌流島へいってみることにしよう。巌流島へは、唐戸港から巌流島行きの連絡船で約10分。

船内では、巌流島の歴史や観光名所などの紹介もあり、あっという間に到着。

巌流島は、その形が船に似ていることから昔は「船島」と呼ばれていたそうだ。正式名称は今でも船島。

ご存知の通り、佐々木小次郎と宮本武蔵の決闘の舞台となった無人島で、佐々木小次郎の流派である巌流から、巌流島と呼ばれるようになったのだとか。

下の写真の茶色の部分は全て埋立地で、もともとの形はグリーンの部分。
この埋立地は私有地で観光客の立ち入りはできなくなっている。

上陸してすぐのところにお写真スポット。巌流島文学碑。

 

 

 

前日スマホに入れたアプリCOMEON KANMONを使うと、その観光地のキャラクターがゲットでき、各観光地でキャラの入った写真もとれる。
(ここでしか使わなかったけども・・・)

 

海岸沿いをてくてくと歩いていくと、ありました!
佐々木小次郎と宮本武蔵の像。

巌流島の闘いは、小説の影響が強くて佐々木小次郎は紅顔の美少年というイメージだったが、Wikiによると決闘当時小次郎は60歳、対する武蔵は20代だったとあって、ちょっとびっくり。
とはいえ、佐々木小次郎という人は謎に包まれていて、なにが真実なのかはわからないようだ。

 

海岸沿いを少し歩くと人工海岸があり、そこには武蔵が乗ってやってきた船のレプリカがある。
まあ、こんな手漕ぎボートみたいなやつで来たんじゃないのかというわけだ。
武蔵はわざと遅れて到着し、小次郎をイライラさせたとのだか。心理作戦は武蔵の常套手段だった。

乗ったりしないでね!という看板があるにもかかわらず、この上に乗ってふざけて自撮りをしている人もみた。巌流島奉行に怒られちゃうぞ。
外国人観光客も多いし、英語、中国語、韓国語の表記もしたほうがいいのかも。

武蔵に敗れ地面に横たわる小次郎は、いまわの際に手を伸ばし黄色い花を掴もうとしたとか。

 

下関の歌人、森重加代子歌碑。

 

海岸沿いをUターンして、港近くに戻る。
対岸には三菱の造船所がみえた。

佐々木小次郎の碑

もともとのこの島の神様を祀る舟島神社。旅の安全を祈願。

 

そうこうしていると次の唐戸行きの連絡船の時間になった。
さようなら、巌流島!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA