プライベートバンカー カネ守りと新富裕層 / 清武 英利 

 
「プライベートバンカー」。私には一生縁がなく、本で知らなければ永遠に知ることのできない世界。だからこそ興味がわいてしまう。
 
著者の清武氏はどこか聞き覚えがあるなぁと思っていたら、元読売巨人軍球団代表で、渡邉恒雄会長を内部告発した方だった。Wowow でドラマ化された「しんがり 山一證券最後の12人」も彼の著作。ノンフィクション作家として活躍されているのである。
Singapore 4 
 
さて、本書「プライベートバンカー」の舞台はシンガポール。
シンガポールは政府が金融立国を宣言し、富裕層や投資家を呼び込む政策を打ち出し急速に発展したニューマネーの国だ。
2020年までにはスイスを抜き、世界一のオフショア金融センターになるとも言われている。
そこには、日本人富裕層も多くなだれ込んでおり、その資金を当て込みプライベートバンクは、ジャパンデスクを設置し対応している。
 
プライベートバンカーの仕事は、ずばりビリオネアに銀行口座を開かせ、そのカネを運用して守ることだ。
このシンガポールの地で、プライベートバンカーとして歩み出そうとしている杉山智一を中心に、野心溢れるバンカーのアシスタントの咲子、相続税を逃れるためにシンガポール暮らしを余儀なくされているビリオネアたちの物語が語られる。
 
しみじみ思うのは、超富裕層には、たとえ寝ていてもお金を生むスキームが多く用意されているということだ。いいなぁ・・・
金持ちはさらに金持ちになるようになっているのだ
遠からず世界の富の半分以上を、わずか1%の富裕層が占めるようになるとも言われてもいるほどだ。
 
例えば、シンガポールやスイスでは債権購入ですら信用取引ができるし、5億あれば、死亡時50億の生命保険に加入することもできる。残りは銀行が融資してくれる。死亡時に50億入るのだから、銀行に10億返済したとしても35億は手元に残る。それもこれも、5億円ものお金が保険のために用意できるプライベートバンクの顧客であるからこそだという。
 
しかしその一方で、相続のためだけにシンガポールに滞在し続けるビリオネアたちの生活は、ひたすら退屈で倦怠感に満ちている。豪華なコンドミニアムに住みながら、それを監獄に例える人すらいるほどだ。
彼らは通称「5年ルール」といわれる日本の非居住者に適用される相続税の抜け穴を利用するため、ひたすら時が過ぎるのを待っている。
5年以上日本の非居住者であれば、日本国内の資産にしか課税はされない。海外に移した財産を相続税なしで子供に譲ることができるのだ。
 
本書の登場人物の一人、バンカーのアシスタントの咲子は、そういう退屈な富裕層のお相手をするために雇われているのだが、彼女は「一代で成功するくらいパワフルな人は力を持て余してしまうのだろう」とも言っている。
また、ある若き億万長者は「幸せの絶対的総量は全人類平等」ともつぶやく。
億万長者たちは、お金がありすぎるがゆえ、シンガポールの地に縛られ不自由を強いられてもいる。
 
お金はあったほうが絶対にいいけれど、ありすぎるのもまた大変らしい。
その実、海外で犯罪にあう富裕層も少なくはない。
 
カネ守りのプライベートバンカーを描きつつも、かなりウエットな仕上がり。
プライベートバンカーという仕事そのものに関しては、客を泣かせてでもノルマを達成しろという証券会社の営業よりは自分に正直でいられるかもしれない。客を肥えさせることで、自分たちも潤うのだから。
ただ、マクロ的な視点でみれば、彼らが富裕層を守りその資産を増やすことで、さらなる格差の拡大に手を貸しているともいえるのかも。
 
これを読んでいたら、橘玲氏の小説が読みたくなった。早く新刊がでないかな。
そういえば、友人が欧州で吹き荒れている自爆テロについて、「自爆テロをする若者たちだって、もし裕福だったらあんなことは絶対にやらない」と言っていたのを思い出した。そりゃそうだ。
 

 
 

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