切り裂きジャック 127年目の真実 / ラッセル・エドワーズ

本書『切り裂きジャック 127年目の真実』は、切り裂きジャックの被害者のショールをもとに、最新の科学を駆使して犯人を特定するまでの過程を描いたノンフクション。

切り裂きジャックによる1880年代にロンドンで起きた連続売春婦猟奇殺人事件は、未解決で数多の犯人説がある。

コナン・ドイルはその正体を「女装した男性」であると推理しているし、ヴィクトリア女王の孫、プリンス・エディ説も根強い人気がある。
また、パトリシア・コーンウェルも、大金を投じてDNA鑑定や筆跡鑑定を行い、画家のウォルター・シッカートが真犯人であるとして、『真相“切り裂きジャック”は誰なのか?』という本まで出版した。だが、これらは皆、物的証拠に乏しい。

現在のDNA鑑定の技術や法遺伝学は昔に比べて格段に進歩した。
思い出すのは足利事件の菅家さん事件だ。事件当時導入されたばかりの信頼性に乏しい検査結果に頼った司法の被害者と言えるだろう。

本書の面白さは科学的手法を駆使して物的証拠の裏付けをとっていくその過程にある。他方、著者は信仰深い人間であり、科学では証明できない「何か」を信じてもいるのでもあるのだ。その「何か」は、言葉にすれば、導きとか縁といったものになるのだろうか。

だが、この二つの真逆のものが一つでも欠ければ、真相解明には至らなかったと言えよう。

そして、何より本書の核となっているのは、著者がなぜそこまで切り裂きジャック事件の真相解明に拘泥したのか、である。

 

naming Jack the Ripper

著者のラッセル・エドワーズは、2007年の祭日に、オークションで件のショールと出会う。それはジャックの被害者の一人の遺留品だった。
彼は”切り裂きジャック”事件には以前から興味は持っていたが、全くの素人。ジャーナリストでもなければミステリーマニアというわけでもない。

切り裂きジャックは、ロンドンのイーストエンド近辺で、5人の売春婦を次々と殺害したと言われている。この5人というのは、公的にジャックの犯行であると認められた数だ。(それ以前にも二人の売春婦が無惨な殺され方をしている)

イーストエンドは、今では流行最先端のたまり場だが、1880年代は、今とは比較にならないほど治安も悪く、移民の大洪水で溢れた人種のるつぼのような場所だったという。ロンドンで最も出生率と死亡率が高く、婚姻率は最も低い場所でもあった。殆どの人々がその日暮らしで、女は追い込まれれば身体を売ったという。

こういった状況は、現代日本のネットカフェ難民を彷彿とさせる。一時期一億総中流ともいわれた日本だが、格差が拡がりつつある昨今の現状は、19世紀のイギリスと変わらなくなってきているのかもしれない。

著者は、彼女らを”売春婦”とは呼ばず、同情の念を持って”不運なもの”と呼ぶ。
彼女たちの多くは、飢えか、野宿か、身体を売るかという選択を迫られて、やむを得ず売春に引きずり込まれてしまったのだ。
ジャックは、決まった方法で死体を切り裂き、記念のように内蔵を持ち去り、下腹部など性的な意味合いを含む場所を切り刻んでいた

100年以上も昔のそのショールには、幸運にも血痕と精液が付着していた。
そこからミステリーの主人公のごとく著者の奮闘が始まる。リバプール・ジョン・ムーアズ大学のジャリー博士の協力を得られたことは最大の幸運だっただろう。彼の専門分野は法遺伝学と遺伝医学・ほ乳類遺伝学だ。

だが、切り裂きジャックの謎解明の道は平坦なものではなかった。
まず、そのショールに残された血痕が本当に被害者とされるキャサリン・エドウズのものか確証を得なければならない。そのためには、キャサリンの子孫のDNAサンプルが必要だった。さらに、ショールに残された精液と、様々な状況から最も有力な容疑者だと推定される人物の子孫のDNAを比較しなくてはならない。

この難題に挑んだのが、ごく普通一般人であることに驚きを禁じ得ない。さらに驚くべきことに、彼はそれをやり遂げたのだ。

精液のDNAからは、ジャックを目撃した人物の供述にあった”褐色の髪”とにきび面が推定できた。ごく微量のDNAから、127年前に生きた人物の容姿が推定され、それは同時代の目撃証言に一致したのだ。

肥満遺伝子の特定など初歩の初歩。将来的にはDNAからプロファイルどころか、その人物そのものを復元可能にするのだろう。

ただ、この127年目の真実は、個人的には少々やるせないものだった。
犯人は重度の精神病を患っていたのだ。そして精神病院で監禁状態のまま衰弱死している。おそらく彼は統合失調症だったのではないかと推測できるという。

統合失調症は、遺伝的要素が大きいといわれている。
しかし、それ以外に、当時のユダヤ系移民に向けられた差別からくる環境要因も大きく作用したのではないかと考えられた。

犯人はイーストエンドに住んでいたユダヤ系移民だったのだ。

社会的混乱が起きている国から、移住したり新しい環境に放り込まれたりすると、統合失調症の発症率は跳ね上がるという。その上、その移住先でマイノリティとして暮すことはさらに倍率を高めるとも言われている。

残忍な犯行を犯した切り裂きジャックもまた、被害者と同じ社会的弱者だったのだ
そして当時は、統合失調症患者の妄想や幻聴といった症状を抑制する抗精神薬はまだなかった。

ところで、本書のアマゾンでの評価が低いのは、結末があまりにありきたりだったからだろうか。それともジャックに夢を持ちすぎていたか・・・

読書会などでもそうだが、犯人が「精神病を患っていた」という設定がとにかく拒否されるのはなぜなのだろうか。

 

 

 

 

 

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