フィクション

甘美なる作戦 / イアン・マキューアン

2015-02-25

物語の舞台は60年代後半東西冷戦の真っただ中のイギリス。

MI5は出てくるし、主人公はそこに勤務もしているが、女スパイというのはなんだか違う気がする。ただ若く、恋をし、その気持に振り回された女の子の物語というほうがふさわしい。

主人公の名は、セリーナ・ブルーム。
昔から小説を読むのが好きだったが、彼女が小説に求めていたのは、「結婚してください」という結末だった。つまりはそういう女の子だ。

母親の強いすすめでケンブリッジの数学科に進学するが、案の定落ちこぼれ、彼女なりの青春を謳歌する。
そんなセリーナのボーイフレンドで、歴史の教授だったのがトニー・キャニングだった。彼は54歳、彼女からすれば”年寄り”だったが、彼女は彼の深い教養や知性、優雅さ、別荘で披露されるイタリア料理に魅了される。
トニーはまさに紳士的な愛人だったが、それはひと夏の間だけのものだった。

彼らは酷い別れ方をするが、彼女は彼がお膳立てしてくれたMI5の面接を受け、M下級職員補として働きはじめる。
セリーナの仕事は灰色の建物の中での事務アシスタント、給料も低い。だが、彼女は前に歩みだす。
そして、「スイート・トゥース作戦」に携わるチャンスがめぐってくる。

外務省の情報調査局IRDは、昔から作家や新聞社や出版社を育成してきた。
ジョージ・オーウェルの本を世界18カ国に翻訳されるのを援助したのもIRDだが、こうした遠回しなプロパガンダは昔から諜報機関の十八番なのだ。

MI5は独自のプロジェクトを欲しており、若く有望な小説家にそれと知られずに支援したいと考えていた。その交渉役としてセリーナに白羽の矢が立てられる。

彼女の担当はトマス・ヘイリーという作家だったが、彼女はその作品はもちろん彼本人に魅了されてしまう。二人は愛し合うようになるが・・・

マキューアンは、

すべての小説はスパイ小説であり、またすべての作家はスパイである

といっているが、本書はそれを立証するかのような小説である。
敵を欺くために別の人間になっているスパイは、時に自分が誰かわからなくなるこもある。作家も同じだが、これは読んでいる読者とて同じだったりもする。

さらに困惑させるのが、マキューアンがメタの名手であることなのだ。
この巧妙さ。そしてそれがもたらす効果ときたら…

また、作中には作家であるトムの短編(あらすじのみだが)が随所に盛り込まれている。
双子の弟の牧師のかわりに見事な説教をした無神論者の兄が、その説教に感激した女に付きまとわれ、何もかもを失ってしまう話や、デパートのウインドゥに飾られていたマネキンに恋をした男が、金にあかせてそのマネキンを自宅に連れ帰り猛烈に愛するのだが、彼女の心変わりを疑いズタズタにする話などである。
これらがまた面白いだけでなく、全体の物語と共通するものを含んでいる。

私が印象に残ったのは、セリーナの恋の甘やかさだ。ただ、セリーナ自身の恋の物語は、彼女が好きだった小説のように、「結婚してください」で終わる結末とはならなかったが。


金髪で冴えた青空色の瞳の彼女は、誰がみても美人で、その美人としての特権を行使しながら、ふわふわと生きていけばいいはずだった。羽(フルーム)と同じ韻を踏んでいる名のように。
それなのに男たちは、セリーナを捨てたり死んでしまったり、挙げ句・・・
その全てが舌に苦さの残るものになるが、だからこそ、それらは甘やかで美しい。

原題は「Sweet Tooth」、甘いものを好む傾向、すなわち甘党。
これは作中セリーナがかかわった作戦名であると同時に、彼女自身を表わす。

女は、大切にとっておいたあめ玉のように、時おり過去の思い出を楽しむものだ。彼女が今、最も懐かしく思い出すのは、誰とのことだろう。

 

 

 

 

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    新潮クレスト・・いまいちアタリがない(少ない)シリーズ(失礼)。
    マキューアンの著作はこのシリーズからいくつも刊行されておりますが、
    『贖罪』のハードカバーとの差はどこにあるんだろうか?
    (著者の言葉通りに著作は確かにスパイ的小説であるなぁ・・納得)。
    ピケティについてはもうお任せします
    (母国ではたいして売れてないくせに宣伝上手な出版社)。
    Spenthさんの評を読んで、知ったかぶり(ズル)する予定です。
    でも以前挫折した『ウルフ・ホール』とその続編は、
    今年再度挑戦して読破するつもり・・なのですが(自信なし)。
    「乾燥ポルチーニ」(?)・・お恥ずかしいことに、何なのか知りませんでした。
    自分は食べたことあるのかな?・・あっても気が付かなかったと思う
    (バカ舌だし・・そこにあるものを自分はただ食べるだけ)。
    読書中、「森にきのこをとりに出かけたりした日々」の件から→ポルチーニ食べたい!・・という連想、いいなぁ・・知的だ!
    ではまた!

  2. SECRET: 0
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    naoさん、おはようございます。
    今早朝5時・・・
    ちょっと今日は朝から用があったため、昨夜はなんと9時に寝てしまった・・・
    新潮クレストに当たりなしですか。
    ラインナップはともかくとして私は意外と好きなんですよ。軽いですし。
    ただ、いい加減観念して新潮もKindleでだしてほしいわ。
    ただ、究極のソフトカバーなんでお値段の割に作りは安っぽいですが。
    > 読書中、「森にきのこをとりに出かけたりした日々」の件から→ポルチーニ食べたい!・・という連想、いいなぁ・・知的だ!
    どこがや!!!!!
    でもポルチーニ、乾燥モノでもモノがいいと香りもいいんですよ。
    トムはトニーのことを「ヒキガエル」呼ばわりしてましたが、こういう五感に残る思い出って強いと思うんですよね。
    あ、ピケティはたぶん無理です(笑)

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