その犬の歩むところ / ボストン・テラン

4月に「翻訳ミステリー大賞受賞式」で行われた各出版社対抗ビブリオバトルのチャンプ本にして、週末の読書会の課題本。

 
電子版発売と同時にDLしていたのだが、実は気乗りせず延び延びになっていた。というのも、ある方からテランは比喩がくどくて嫌気がさすと聞いていたからだ。そうなのかと内心がっくり。私は神は銃弾」「音もなく少女は」も読んでおらず、本書が初テランだったのだ。
 
 
暑さと湿気にやられていて弱っているところに、クドいものはなぁ・・・
犬が中和してくれないかなぁ・・・

と思っていたが、全然問題なかった!
 
 
というか、超よかった!
今年のダントツ!

自分が大の犬好きというせいもあるが、心に染み入るような本だった。
 
 
palo verde
 
物語の語り手は、元アメリカ海兵隊のディーン・ヒコック。
ただ、冒頭ディーンが断っているように、この物語は伝統的なやり方では語られない。物語の主人公は、ギヴという名の雄犬で、はからずも彼が旅したのは911とハリケーン・カトリーナとイラクで傷ついたアメリカだ。
本書は、その旅の過程でギヴが出会った人々の物語なのである。
 
何と言ってもこのギヴの描かれ方がいい。
ありがちに擬人化されておらず、ひたすら「神の視点」というべき三人称で語られる。
人間化しなくても、犬のままでそのままで十分読者に届けることができるのだと思い知る。
 
犬と暮らしたことのある人なら、彼らの「善良さ」を疑うことはないだろうが、物語にはそれが溢れているのだ。
犬には「悪意」の欠片も存在しないし、人間に対していつでも無償の愛でこたえてくれる。自分の経験に重ね、犬という動物が備えている「善良さ」を思い出す。
Dogを反対に綴ればすればGodになるのは、必然なのかもしれないとさえ思ってしまうほど。
 
そんなギヴが旅の過程で出会うのは、”傷ついたアメリカの人々”だ。
アフガニスタンやイラクから帰還したものの、PTSDに苦しみ続けたり、蔑まれ居場所を失ってしまったりする戦争の英雄たち。観測史上最大の破壊と被害を齎したハリケーン・カトリーナの惨禍に苦しむ人々。アメリカの繁栄から取り残され怒りを募らせるヒルビリー(白人労働者階級)。
本書では、忘れられるか、見捨てられるかされた人々にスポットが当てられているのだ。
 
なぜトランプが勝てたのかという問いは、ラストベルトの貧乏白人が支持したからと片付けられがちだが、それ以上にエスタブリッシュメントによる既存政治に対する人々の不信のほうが大きかったからでもある。突然出てきた奇抜な大金持ちより、長らく政治に携わってきたもののほうが、より信頼されなかった結果だ。特に南部において。
ハリケーン・カトリーナの被害が大きくなったのは、救援活動を行うべきルイジアナ州の州兵がイラク戦争に人員を割かれていたことだけでなく、当時の大統領の対応が遅かったためでもある。
州知事からの緊急要請の電話に、休暇中だった大統領は明日にできないのかといって寝てしまったという。作中「大統領の寝ている間に…」という文言は、作中、効果的にリフレインされる。
政権が変わっても、彼らは「忘れられ、見捨てられた人々」のままだった。
911からおそらく現在に至るまで、かつて偉大だった”アメリカ”は血を流し苦しみ続けているのかもしれない。
 
しかし、著者は同時に人々が支え合う姿をも見せてくれる。人と人、人と犬が。「犬の歩むところ」は、同時に「私たちの歩むところ」でもあるにちがいない。
温かな感情に満たされ物語を終えられるというのは、とても気持ちが良い。
せめてフィクションのなかくらい綺麗事があってもいいではないかと最近のわたしは思うのだ。
 
 
ところで、ボストン・テランという作家は覆面作家なのだそうだ。本名はおろか性別すら明かされていないという。訳者曰く、女性ではないだろうかとのことだったが、私は男性じゃないかなと思うのだけど…
「音もなく少女は」を読み終えれば印象もまた変わる可能性があるが、神を信じる人なのには違いないだろう。
 
 
 
 



 
 
 

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