地球を「売り物」にする人たち / マッケンジー・ファンク

今年も猛烈な酷暑が予想されているという。
 寒いのは限度はあるがまだマシだ。でも暑いのはどうにもならない。
ウルサイのも苦手だが、暑いのはもっと嫌い。
横浜は都内よりは1〜2度低いが、それでも普通に体温を上回る。もう、地球温暖化なんていう生易しいものでなく、ほとんど壊れてきている。
東京オリンピックなんて、絶対死者がでると思う。
 
ということで、本書「地球を「売り物」にする人たち」なのである。タイトルだけでは何の本かわからないが、キャッチコピーを見れば一目瞭然。
「北極が解ければ、もっと儲かる」。
そこから予測されるとおり、本書は”地球温暖化ビジネス”について書かれた本なのだ。
 
北極の氷は解け、白熊は行き場をなくしているし、ヴェネツィアや、モルディブなどの島嶼国も沈みつつある。至るところで旱魃が起き、農業は多大な損失を被っているし、はたまたハリケーン被害も日常のことになってきた。 
よいことなんて一つもないが、実はそこには途方もないビジネスチャンスがあるのだという。
 

一例を挙げるなら、北極圏の氷が解けることで、それまで掘削することがかなわなかったグリーンランドや北極海に眠る石油や天然ガス、鉱物資源を得ることができるという。
アルペンに雪が降らなくなれば人工雪製造ビジネスが、水不足に苦しむ国向けには淡水化プラントや水利権ビジネスが、海岸線に面した都市に対しては護岸壁や防波堤、浮遊式の建物技術などが売り込みをかけられている。
 
また、熱帯化することでマラリアに悩む地域も広がっているが、遺伝子組み換えの蚊を使用してマラリアを媒介する種の蚊を駆除する方法も考えられているという。
 
地球が壊れているが、その反面、人口爆発は続いている。90億を超えるだろうと予測されている将来においては、遺伝子組換え技術は、農業の分野でますます身近になっていくことだろう。
テクノロジーに頼らなければ、増え続ける人々の飢えを満たすだけの量の確保はできないからだ。果ては、人工的に雨を降らせたり、太陽を遮るため成層圏にシールドを作ることすら検討されているという。
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転んでもタダでは起きないというか、商魂たくましいというか。もちろん、これらの創意工夫は素晴らしいし、それで儲けていけないことはない。
 ただ、それには代償が伴うということを除けば、の話だ。この本で問われているのは、その部分である。
 
すなわち、誰かがワリを食うのだ。そして、その誰かは「弱者」なのである。「弱者」とは、貧しい国の人々だ。
富める先進国が排出し続けた二酸化炭素のせいで、地球温暖化は進んだわけで、彼らはそのせいで旱魃による飢餓に苦しんだり、はるか昔からの生活の糧であった漁業を辞めざるをえなくなったり、慣れ親しんだ土地を離れなくてはならなくなったりもした。
その先進諸国が温暖化に対処すべくビジネスに取り組むことで、さらなる犠牲を強いられることになるという。
 
気候工学の権威によれば、成層圏に二酸化硫黄を撒くことで地球の温度を下げることができるという。
成層圏にシールドを作って地球の温度を下げるというこの方法は、1991年にピナトゥボ山の噴火で起こった現象と同じだ。それによって、地球の平均気温は3度くらい下がり、海氷も産業革命以前の状態に戻るという。
二酸化硫黄自体は自然界に存在するものであるし、しかも、ニューヨークに防潮壁をいくつも作ったりするというその他の対処法に比べて、費用も安く済む。
 
 

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しかし、恩恵は北アメリカやヨーロッパ、オーストラリアといった豊かな国々に対してのみで、貧しい国々にとっては利益にはならない。
91年のピナトゥボ山の噴火では、アマゾンの熱帯雨林の降水量は減り、インドやアフリカではモンスーンに変化が生じて局所的な旱魃を招いたという。

まさに世界最弱の地域で降雨量に異変が生じたのだ。
 
一事が万事この調子だ。温暖化ビジネスもまた非情なゼロサムゲームなのだ。誰かが得をすれば、必ず誰かが泣きをみる。
著者はこれを「最もつらい真実」だといい、その責任や道徳的な対応を読者に押し付けるようなことはせず、読者自身に委ねる。
 
より弱い者の立場になって考えることが大切だというのは誰にでもわかるのだが、今自分が持っているものを手放してまで、困っている誰かに与えるということは、なかなかできないのが”人間”なのだ・・・
 
 

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