この物語の続編が今起きていること。混沌とロマンチシズム「武漢コンフィデンシャル」

久々のスティーブン・ブラッドレーが主役のエスピオナージ。
てっきり前作の「鳴かずのカッコウ」の続編かと思いきや、残念ながら我らがジミーこと壮太は登場しない。

時代はもっと遡り、スティーブンが香港に滞在していた時分の物語だ。しかし、タイトルから察っせられるように、今世界で起きていることとダイレクトに繋がっている。


武漢コンフィデンシャル

 

スティーブンって誰よ?という手島龍一の小説が初めての方に簡単に説明しておくと、彼はMI6に所属しているエージェントだ。
MI6と言っても、かの007のような肉体派ではなく、ジョン・ル・カレの小説に出てくるような情報員に近い。そこは英国らしく、スティーブンも出自がよく実家は資産家で、イケメンで日本通だ。だが本流にはいない。

彼の初登場は、手嶋氏の処女作「ウルトラダラー」
この本の帯は「フィクションの名を借りたノンフクション」とあり、実際に佐藤優氏との対談でも著者自身も認めている。
小説家になる前の彼は、NHKのワシントン支局長であり、実家の財力を背景にワシントンでその世界にかなりの人脈を作ったようだ。

さて、今回の世界的パンデミックの震源地は武漢というのが定説だ。そこには武漢ウイルス研究所(今はもうない)なるものがあり、そのお粗末で杜撰な管理が今回の悲劇の発端だと言われている。
少し前に読んだ門田隆将氏の「疫病2020」によれば、ジャーナリストの大方の見解では、ほぼ武漢ウイルス研究所の実験動物の杜撰な管理が原因だろうとのこと。

この、「武漢コンフィデンシャル」は、それを引き起こした中国という国が孕んでいる体質や要因を、手嶋節でダイナミックかつドラマチックに描いている。

ジャーナリストから作家になったとはいえ、その人脈は未だ健在なはずだが、敢えて現在進行形の物語にしなかったのは、まだ明かせない事情があるからなのだろうか。

考えてしまったのは、オバマ政権が出したウイルス研究に対する通達のことだ。
いわゆる「オバマモラトリアム」。これは、ウイルスの機能獲得の研究に対する連邦政府の予算を凍結するというもの。
機能獲得とはウイルスを人為的に遺伝子操作し病原性や感染力を高めることだ。研究者はこの機能獲得の技術によって、逆にウイルス変異の仕組みを解明し、より効果のあるワクチンの開発を目指していた。だが、この研究は万一ウイルスが漏洩すれば非常に危険でもある。
ご承知の通り、生物化学兵器は「貧者の兵器」とも言われ、国家レベルでなくともテロ集団にすら作り出せる。
危険なものには蓋をすべきだということで、世論に押されてオバマ政権は決断したのだが、今振り返ると、結果としてはアメリカのウイルス感染症の研究に影を落とすこととなってしまった。
これはそのまま、核にも置き換えられるのではないか。

評価というものは、ある程度の時が経ち後世を振り返った時でないとは下せないものだが、個人的に思うのは、「正義だけが真の正義ではない」ということだ。
混沌とした状況下では、清濁併せ飲むことが求められる。

と、話は脇道に逸れたが、ラストはかなりロマンチック。
この手の物語には、こうした潤いは絶対に必要だと思う。
さすがはスティーブン!

続編が読みたいなぁと思ったけど、ふと、それは世界中で起きていまだ終わっていない出来事だったんだと思い当たった。

 

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