死を意識する年齢になったとき、自分は何を振り返るのか。ニコラス・サール「老いたる詐欺師」

電話を使った詐欺もさることながら、昨今はネットによる詐欺も横行している。まさに詐欺天国。Amazonを装ってパスワードを入力させようとしたりするものもあるし、アップルIDとパスをメールで聞いてくるという間抜けなものもある。
みなさんもお気をつけください。

本書も詐欺師の物語なのだが、このタイトルから想像したのは、黒川博行の「後妻業 」。海千山千の女、小夜子が結婚相談所の所長とコンビを組組み、やもめの老年の資産家たちの遺産を狙うという犯罪小説だ。
大竹しのぶ主演で映画化もされたのでご存知の方も多いだろう。
これも結構面白かったのだが、本書の詐欺はそう単純ではない。

 

本書の主人公はネットを通じて知り合ったロイとベティ。ともに80歳を超えているが、服装の身だしなみもよく年齢よりもずっと若々しくみえる。二人とも若い時はさぞかし美男美女だっただろう。
意気投合した彼らは”友情”という名のもとに、ベティのコテージで共に暮らし始める。
だが、詐欺師のロイには裕福な未亡人のベティの財産をいただくという目的があった。以前からずっとネット上で同年齢の未亡人たちにあたりをつけており、やっと見つけたカモがベティなのだ・・・

 

ただ、ベティのほうにも何らかの目的があるらしい。
原題は「The Good Liar」どうやら巧妙な嘘つきは、ロイだけではなさそうなのだ。

品のいい語りで、ベティの資産を搾取すべく動き出すロイの現在と、詐欺師としての過去が交互に語られて物語は進んで行く。そして、半ばをとうに過ぎたころ、驚くべき事実が明らかになる。

あれ?自分は何を読んでいるのだろうという部分を過ぎると、すべてのピースのつながりがはじめて見えてくる。ベティの目論見は何だったのか。ベティの孫のスティーヴンとベティがなぜ他人行儀に思えたのか。なぜ、ベティはロイをあの場所に誘ったのか・・・
これは当初は全く想像し得なかったもので、物語のテーマとスケールは一気に大きく深いものになる。

しかし、読後にその”衝撃の事実”よりも心に残ったのは、人間の生き様は死ぬときにこそ現れるのかもしれない、ということだった。

年配の友人がかつてこう語ったことがある。
「私は絶対におだやかで綺麗な顔をして死にたいわ」
77歳の彼女は、かつてある知り合いの女性の葬儀で死に顔をみせてもらったとき、その顔があまりに想像と違っていたので驚いたというのだ。
彼女が知っていたその女性は、生前は裕福で上品な女性だった。年を重ねてもいつも綺麗にしていて友人も多く、お手本にしたいと思っていたそうだ。そんな女性のことだから、さぞかし穏やかな顔をして召されたのだろうと彼女は思っていた。
ところが、最期の顔は、憎しみとも怒りとも言えない表情をしていたというのだ。
死化粧でも隠せないその表情をみて、彼女はその女性の本当の姿を知った気がしたという。

その話を思い出した。
死のその瞬間、私は何を思うのだろうか、どんな人生だったと振り返るのか。どんな死に顔なんだろうかと考えさせた。

 

 

 



 

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