黒い瞳のブロンド / ベンジャミン・ブラック

『長いお別れ』『黒い瞳のブロンド』を一気読みの怒濤の読書。

なぜこの二冊を続けざまに読んだのかといえば、ベンジャミン・ブラックによる『黒い瞳のブロンド』は『長いお別れ』の続編に当たる設定であるからだ。

ベンジャミン・ブラックはアイルランド系の作家ジョン・バンヴィルの別名である。『海に帰る日』でブッカー賞も受賞している大御所である。

物語はマーロウの元に美女が尋ねてくるところから始まる。
黒い瞳の金髪はそう頻繁にお目にかかれる組み合わせではない。その女クレア・キャヴェンディッシュは、彼にある男を探してほしいと依頼する。
ニコ・ピーターソンはクレアのかつての愛人で、二ヶ月前に彼女の前から突如として姿を消したというのだった。
クレアは著名な香水会社の一族で、当然もっとマシなコネを持っているはずだ。
そんな彼女がなぜ消息をたった自分の愛人探しのためにマーロウのもとにやってきたのか。
腑に落ちないが、しかしマーロウはニコ・ピーターソンの調査に乗り出す。
あの黒い瞳の金髪だけに惹かれたからだ。

マーロウは”パスカルの賭け”をしてみることにした。
すなわち「得るときは全てを得、失うときは何も失わない」


この『黒い瞳のブロンド』というタイトルがいい
聞けばなんでも、チャンドラーの「創作ノート」にあった題名らしい。チャンドラー自身があたためていた題名のリストにあったものだという。

しかし、The Black-eyed Blondeという英語は色々な捉え方ができる。
本書『黒い瞳のブロンド』の訳者小鷹氏のあとがきによれば、「目に黒アザのある女」という仮題だったそうだ。それだと全く違う内容と印象になるが・・・

それとは別に、私には「ブロンドには青い目」という固定概念があり、今度のマーロウの”夢の女”は、もしかして根元が黒いのだろうか?と思っていた。つまり偽金髪。しかし、クレアは本物の黒い瞳の金髪ということになっている。そういうのは遺伝学的にありなのだろうか。

物語自体は、完全に「長いお別れ」と繋がっており、登場人物も重複がある。
イギリスびいきだったチャンドラーを意識したシェイクスピアの引用や、比喩も楽しい。チャンドラーに特有のひねった言い回しも雰囲気が楽しめる。

それに、なんと本書にはネコが登場するのだ
ネコといえば映画の冒頭のマーロウがネコに催促され夜中にキャットフードを買いにいくあのシーン。
映画は特にあの結末に賛否あるだろうが、かのシーンは好きな人が多いのではないだろうか?
ちなみに私は映画のラストシーンは嫌いではない。

映画に登場していたのはトラネコだったが、チャンドラー自身が飼っていたのは黒いシャムネコで、本書に登場するのもさすがバンヴィルだけあってシャムだ。

訳者はさながら本書は「フィリップ・マーロウの災厄」であるといっているが、私は結末まで読んで、バンヴィルはこれがやりたかったのかもしれないなと思った。

「長いお別れ」でマーロウ自身にとっては決着がついていたことは、実は充分ではなかったのかもしれない。

 

2件のコメント

  1. SECRET: 0
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    上場廃止株を掴んでもうほとんど社会(人生)から「ロング・グッドバイ」状態の私・・Spenthとは「さらば愛しき女よ」・・冗談。
    小鷹氏の訳は自分は好きですな。ハメットの長篇はこのヒトのもので堪能しました。この渋面のおっちゃんの著作「黒い瞳のブロンド」(ポケミス)もおもしろそう。
    映画『ロング』ご覧になられましたか。
    自分は冒頭の主人公が夜キャットフードを買いに行く場面のけだるい雰囲気、
    深夜営業をする明るい店の雰囲気の場面が好きでした(撮影も秀逸)。
    今はコンビニとか様々夜間営業の店ありますが、
    70代当時はそうした夜の街の光景はめずらしく、
    新鮮かつ魅力的(印象的)でありました。
    映画は時代が当時(現代)に置きかわり、エリオット・グールドがマーロウなワケで、
    もう原作とは別物との認識。逆に重ね合わせる方が無茶(無理)なので映画のラストもあれはあれでよかったと自分も思います。
    また原作についてもSpenthさん同様、自分も清水訳が基本で、村上訳はユニークな変奏と思っております。
    『レイモンド・チャンドラー読本』・・持っているけれど部分的にしか読んでないなぁ。
    ではまた!
    (「スカイマーク」の馬鹿!)

  2. SECRET: 0
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    あ、naoさんスカイマークホルダーだったのですか?!
    それは、それは…なんと申し上げてよいやら…
    私も一番多く持っているのは実は商社株で、この原油安でもう!もう!もう!といったところですわ
    樽に漬込んで地下深く埋めてみないようにしている状態。
    これ、いつまで続くんでしょうかね…。
    さて、小鷹氏は、チャンドラーの短編も訳されてましたよね。
    私はやっぱり少々感傷的にすぎるくらいの清水訳が好きなのですが、「黒い瞳のブロンド」も読みやすかったです。
    春樹さんは・・・なにかやっぱり違う気がしてしまうんですよね。
    あと、やっぱりバンヴィルは冒頭から視覚的だと思いました。今の時代の作家らしく、意図するとせざるに関係なく映像的なんですかね。
    例えば、チャンドラーならば女性がどういう洋服を着ていたとかいった描写はないだろうなと…。彼はどちらかというと、女がどんなふうに着飾っているかようりも、どんな造作でどんな体つきかのほうに主眼を置いている(笑)
    映画版の「ロング・グッドバイ」naoさんもお好きでしたか。
    エリオット・グルードのマーロウにも、あのラストにも賛否ありますが、私もあれはあれでいいのじゃないかと『思ってます。
    『チャンドラー読本』は、たぶん土曜までには無理なので諦めましたわ・・・。
    では、ではまた!

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