10代の娘じゃなくてもためになる「父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。」

本書は、著者が、10代半ばの自分の娘に向けて専門用語を使わずに経済について語った本だ。とはいえ、内容は大人向き。大学生にも、ビジネスマンにも、アラフィフのおばさんにとってにも面白くかつ有意義だ。

どこかのレビューには「中学生の娘には難しかったようです」とあって苦笑してしまったが、そこは親が補ってあげればいいんじゃないかな?

 
父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。


2009年に歴代政府の放漫財政によって巨額の赤字が表面化したことに端を発し、ギリシャ国債の暴落、続いてユーロ圏を巻き込んで欧州債務危機、世界同時株安を招く事態を引き起こしたのがギリシャ危機だった。
EUによる新たな融資の見込みも立たず、2017年7月に償還期限を迎えるに至った時は、日本株も大幅に下落した。
その危機の最中、著者は、左派連合政権の財務大臣に就任したのが著者、バルファキス。彼はEU当局が求める緊縮財政の受け入れに反対し、そればかりか大幅な債務帳消しを求めた。
他国からみるとEUに加えてもらったことにかこつけて散々贅沢しておいて借金棒引きにしろというのだから、当時はニュースを聞きながら「何、都合のいいことを言ってるの?!」と思ったものだった。


本の中ではこのことにも触れているが、それについてはちょっと私にはよくわからなかったかな。
世界経済全体のためにはそうでも、人間にはどこか「結果の責任をとるべき」もっと言えば、「報いを受けるべきだ」という感情がある。正直そうした感情とはどうにも折り合わない。

ただ本書は素晴らしい。「21世紀の貨幣論」「ホモ・デウス 」にもひけをとらない。
また「経済についての本」であると同時に、「人間というものの本質を問う」ものでもある。なぜなら経済は人間社会の根幹をなすものだから。
市場経済がいかにして生まれたか、なぜこんなにも経済格差があるのか、労働力市場に潜む悪魔とはなにか、なぜ経済学者の言うことは当たらないのか等々について語り、最終的に人間はどう生きるのが本当に幸福になれるのかについて考えさせる。

「ホモ・デウス 」でもそうだが、終盤はSF的だ。ずばり「マトリックス 」の世界を引き合いに出して、人間の進むべき道を問う。
この最終章が私は一番好きだった。
テクノロジーの進化で人間の望みを全て叶えてくれる状況になったとき、それを人間は喜んで受け入れるか否か。全ての望みが叶うことが、人間にとって本当に幸福なことなのか。
昔、「マトリックス 」を観たときは、人類はもしかして現実に気づかないほうが幸福なのではないかと思った。だってコンピューターによって見せられている世界が充実していて幸福なら、そのほうがいいじゃないかと思ったのだ。
しかし、今はそれが「思考停止」ということだとわかる。
著者が例にあげるように、「マトリックス 」ほど人類に悪意を持っていない、むしろ「人間のために」より幸福で、満足できて、充実した人生を送れる仮想現実状を作り出せる可能性は十分にある。
VR技術の進化は目覚ましく、今でもゲームなどのVRの世界の自分と、現実世界の自分の切り替えがうまくできない人もいるだろう。快適で幸福なVRの世界と、過酷な現実。でももしも現実社会に生きる必要がなくなってしまったら・・・?

「満足な豚よりも不満なソクラテスのほうがいい。もし豚なりバカなりがそう思わないとしたら、それは彼らには自分のことしか見えていないからだ」
これはイギリスの哲学者であり、政治経済学者ジョン・ミルの言葉だ。

今の世はとかく「自分の欲望だけを満たすのに終始しており、自分のことだけやっていればそれでいい」という風潮がある気がするが、皆が自分の欲を満たすことだけに終始しているのに、世の中は不満が満ち満ちている。社会全体が視覚教唆に陥っており、それが結果的に合成の誤謬を招いているのかもしれないなぁと思う。
だからこそ、「個の欲を満たす」ことの最適化を目指す市場経済について真剣に考えなくてはいけないと著者はいう。
難しいことは専門家に任せておけばいいという人もいるが、その専門家は実は占い師と同じくらいの信憑性しかないのだとしたら?
自分で考えて決断を下す、ということの重要性と意義を改めて噛みしめる次第。




  



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