過ぎ去りし世界 / デニス・ルヘイン

GWですね。
でも、私は平常運転。連休は家で読書でもするに限るのだ。

楽しみにしていたのは、ルヘインのコングリン三部作『過ぎ去りし世界』 である
コングリン三部作とは、20世紀初頭を生きるアイルランド系アメリカ人のコングリン一家を描いた物語だ。

『運命の日』に始まり『夜に生きる』、そして本書『過ぎ去りし世界』で締めくくられる。

  
 
 

『運命の日は、コングリン家の長男、ダニーのほかに、黒人のルーサー・ローレンス、かのベーブ・ルースの視点からそれぞれの物語が語られており、群像劇的な描かれ方をしている。
その時代感に圧倒される一冊だ。
 
続く、『夜に生きる』 では、コングリン家の末の息子ジョーが主人公となる。
『運命の日』で幼く可愛らしかったジョー少年は、成長して”無法者”となり、裏社会でのし上がっていく。
禁酒法時代を舞台にしたギャング小説といってもいいだろう。
 
この本の読書会をした時は、イマイチな評価だったが、個人的にはルヘイン作品のなかでもベスト・オブ・ベスト。ルヘインの魅力たっぷり詰まったこの小説は、彼にエドガー賞ももたらした。
 
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そして満を持しての三作目なのだ。
次こそはコングリン三兄弟の次男の物語なのかな、と思いきや、またもジョーの物語。あのジョーのその後とあって一気読みしてしまった。
 
 
裏社会の階段を上りつめたジョーは、その代償として最も大切なものを失った。
その後、ジョーはボスの座を親友に譲り、自らは相談役に退き息子トマスとともに平穏に暮らしていた。
ところが、そのジョーの命が何者かに狙われているらしい。
ジョーはすでに一線を退いた人間だ。身内にもそうでないものにも富をもたらしてきた。敵もいなければ誰かに恨まれる筋合いもない。誰が何のために命を狙おうとしているのか?
残された時間はあと一週間。誰が黒幕かを探るジョーだったが、それと前後するように、ジョーにはブロンドの少年の幻影が見えるようになっていた・・・
 
Havana, Cuba 33 
さすがはルヘイン〜!
 
なぜ、ジョーの命が狙われるのかを中心に物語は展開し、ギャング界の非情が描かれる。と同時にジョーが自分の人生を振り返る内省的なものに仕上がっているのだが、この無常感はどうだろうか。
 
暗いので嫌いという人も多いが、私は一番好きな作家かもしれない。
早いけど、今年のベスト1決定!
 
訳者あとがきによると、ルヘインはインタビューでこう言っているという。
ぼくは本物の悪人をあまり知らない。聖人もあまり知らない。ほとんどの人はそのあいだだろう。書くのはそこだ。
 
確かに非の打ち所のない聖人君子はいないし、その逆も然り。誰しも聖人でもあり同時に悪人でもある。そんな「矛盾撞着」を体現したキャラクターこそが、ジョー・コングリンだ。
『夜に生きる』 で、ジョーはある一線を超えるまでは、自分のことをギャングではなく”無法者”だと思っていた。法は犯してはいるが、自分なりにある一線は守っていたのだ。
そして、一線を退いてなお「自分と野蛮人を隔ているもの」について頭を悩ませる。自分は野蛮人ではないと信じたがっている。
 
ジョーに限らず、その境界線はシチュエーションによって揺れ動く。
犯罪を犯した人々の多くは、気がついたときは飲み込まれてしまっていたということが多いのかもしれない。
 
しかし、ルヘインという作家は、決してギャングをヒーローにはしない。あくまで現実に即し、罪深く愚かしく、そして悲しく、永遠に平穏がないものとして描く。そのやるせなさに酔わされる。
 
訳者の方は「続編の可能性もなくはない」とお茶を濁していたが、私は絶対にあると思いたい。そういう伏線だってちゃんと仕込まれているのだ。
 
ないと困る。
 
ということで、せっかくの休日だし焼き鳥屋にでもいってくるか。
 

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