偽りの楽園 / トム・ロブ スミス

日経、1343円の上げ。
ここらであげとかないとアベちゃんも増税しにくいのだろうけど、問題はこれが維持できるか…

まさに『偽りの楽園』とならなきゃいいけど…。

ということで、トム・ロブ・スミスの待ちに待った新刊なのである。

 

『エージェント6(シックス)』刊行の時に来日からはや4年。
あの時「次作は私小説的なものにとりかかっている」と言っていた本を、ようやく読むことができた。

前作レオ・デミドフの物語とはかなり毛色が異なるが、やはりトム・ロブ・スミスはさすがだ。

さて、本書の主人公はダニエルという青年。
フリーランスでガーデン・デザイナーをやっている。仕事はあったりなかったり。不況ということもあって経済的には安定していない。住まいも弁護士をしている年上のパートナー、マークに頼っている。

ダニエルの両親はロンドンでガーデン業を営んでいたが、数年前に店を処分し、母ティルデの故郷であるスウェーデンの田舎で農場暮らしをしている。
ダニエルは、マークのことを両親に紹介したいと考えてはいたものの、ゲイであることを告げることにためらいを感じてもいた。そのせいで、何年も訪問を先延ばしにしてきたのだった。

そんな時、スウェーデンの父からマークに電話がかかってくる。
母が心の病にかかってしまい、具合がよくないというのだ。父の訴えに、取るものも取り敢えず、空港に向かったマークだが、その母親のティルデから電話が。
「お父さんのいうことは全部嘘で、自分は精神疾患なんかじゃない。必要なのは警察よ。ロンドンに行くから、ヒースローで待っていてほしい。」
電話の母は毅然としており、ダニエルに伝えようとすることも明快だった。

だが、父曰く、母は医者を説き伏せ精神病院を退院してしまったという。そして、母が警察に訴えようとしている人物には自分も含まれており、自分にはもう彼女を助けられなというのだった。

ダニエルは父と母の言い分が全く違うことに戸惑う。どちらのいうことを信じればいいのだろう?
父は母がおかしくなっているというが、仮に母が精神を患っているのなら、なぜ医者は退院を許可したのだろうか?

久しぶりの母は、驚くほど痩せ老け込んでいた。
そして、ダニエルの家につくなり、長い長い話をはじめる。犯罪の証拠が入っているというショルダーバックを握りしめて…


トムのいう「私小説」を私は”ゲイ小説”なのかなと思っていた
のだが(失礼!)、全く違う。とはいえ、主人公のダニエルは、まさしくトム・ロブ・スミスを連想させるような人物だ。

同性愛者であることもこの物語の一部ではある。個人的には、もっとマークとの関係も踏み込んで描いてほしかったところもあるが、本書は家族の物語で、同時に社会的問題を取り扱った小説となっている。

物語の大半はダニエルとティルデの会話、とりわけティルデの独白によって占められる。
読み手はダニエル同様に中立な立場だが、聞けば聞くほどわからなくなるのだ。
ティルデの言葉は筋が通っているようにも思えるし、彼女が「犯罪の証拠」として挙げる品々は首を傾げざるを得ないものもある。
そして、ティルデが”敵”と見なしている人間たちも、悪人というわけでもなさそうな気がする。

一体、人の正気とはなんなのだろうか?その見極めはなになのだろうかと不安にさせられるのだが、まさにそこに引き込まれる。

インタビューによると、彼自身の家族に実際に起こったことをもとにしているとという。そのせいか、手にとって触れられるようなリアリティがある。
家族間だからこその打ち明けられない秘密もそうだし、著者自身を思わせるダニエルの繊細さについてもしかり。

ただし、『チャイルド44』 の、あの鳥肌の立つプロローグを書いた彼の実力からすれば、実話であるなしは関係ないかもしれない。

全く先が読めないその不安な状況から、一転して全てが無理なく解き明かされる
もう、この構成にはお見事としか言いようがない。

実はテーマそのものは北欧ミステリーにありがちだ。警察小説という手法で描かれるそれらにはもう私はお腹いっぱい。
しかし、書き手によってここまで変えられるのだと感服してしまった。

 

 

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。