筋を通す元刑事の物語。エドガー賞受賞作「流れは、いつか海へと」

ゴーンがレバノンに逃亡。さながらスパイ小説のような展開だが、お金と力があればなんでもできるんだなぁとしみじみ思う。

近代法というのは、金のあるなしに加えて、世間さまが何を悪とみなすかってことが基礎になっているらしい。

 

これは本書の主人公、ジョー・キング・オリヴァーの相棒、メルカルドのセリフ。
本書はまさにその可変的な法の縛りの中で、自分自身の筋を通そうと葛藤する男の物語だ。


流れは、いつか海へと (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

十数年前、オリヴァーは罠にはめられて強姦罪で逮捕された。ライカーズで命の危険を感じながら数ヶ月過ごした後、突如として釈放された。控訴が棄却されたのだ。

しかし刑事としてのキャリアは潰え家族も失った。
友人の助けで私立探偵として再スタートし現在に至るが、ライカーズの独房での記憶にいまだ苦しめられている。

そんな彼のもとに、十数年前に彼を嵌めた女から事件の真相を告白した手紙が届く。
時を同じくして、警官殺しで死刑判決を受けた黒人ジャーナリスト、A・フリー・マンを救ってほしいという依頼が寄せられる。

二つの事件には関連性はないが、どちらも背後には巨大な権力が見え隠れしている。
オリヴァーは腹を括る。自分を引っ掛けた罠と、A・フリー・マンの事件の二つの事案をかけもとう。

二つの案件のパートナーに選んだのは、凶悪犯メルカルト・フロストだった・・・

このメルのキャラがとてもいい。
かつては強盗、今は(自称)時計職人。
これ以上ないほど不遇な出生ゆえに、独特の世界観をもつメルだが、信頼は置ける。
メルはオリヴァーが自分を正当に扱ってくれたことに恩義を感じているのだ。

他にも90歳を超えて今なお、億万長者から好意を寄せられている愛すべきオリヴァーの祖母、いつでも肌を温めてくれる元娼婦のエフィー、親友の刑事グラッド、娘のエイジア等々がオリヴァーの支えになってくれる。

物語は複雑なようで、読み終わってみると実はそうでもない。
捜査過程であまりに多くの登場人物が出てくるし、エピソードも多いため、時に戻って読むことも強いられたが、それを苦に感じさせないほど面白い。

自分の筋を通すといったハードボイルドは、昔ならばもっとオールオアナッシング的だっただろうと思うが、今の時代感にマッチした仕上がり。無理がない。

訳者の方は、「どこかオプティミスティック」と表現していたが、水の流れがやがて海に流れ込むようかのに、おさまることろにおさまるというような大らかさも感じる。

言い忘れたが、オリヴァーは黒人で、著者自身も黒人とユダヤ系のハーフ。ジャズがお好きな方は特に楽しめると思う。

あとがきでも触れられていたような「人種差別との闘い」的なものは私はあまり感じなかったが、やはり謝辞等を見るとこの作家の根底にはそれがあるんだろうな。
でも、それよりも「筋を通す」という言葉が幾度となく使われていたことの方が印象に残ったかも。

一時期、エドガー賞もちょっとね・・・と思っていたけど、本書は文句なく面白かった。
聞けば、著者はデビュー作「ブルー・ドレスの女」でエドガー処女長編賞とCWA新人賞のダブル受賞をかっさらっている実力派。
「ブルー・ドレスの女」の退役軍人の私立探偵はシリーズ化していて、人気作らしい。
ちなみに本書にもオリヴァーの好きな小説の登場人物として、青いドレスを着た女がチラッと出てくる(笑)

最後に。ゴーン逃亡の話題を冒頭取り上げたが、本書でもプライベートジェットは大活躍(笑)

 

 

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