もう過去はいらない / ダニエル・フリードマン

87歳の元殺人課刑事バック・シャッツの痛快ハードボイルド『もう年はとれない』 の続編。
皮肉とユーモアと老人パワーにあふれた前作『もう年はとれない』は、「このミス」入りもし評判にもなったが、本作でもバック節は炸裂。

面白くないわけがない!

 

Kindle化を待ってすぐにポチり。

何しろ、このバック(バルーク)・シャッツというジジイは近年まれにみる魅力的なキャラクターなのだ。

常に斜に構えて皮肉を口にし、事あるごとに357マグナムをぶっぱなす。知り合いの刑事曰く、正義については、”旧約聖書風の道徳主義的ものの見かた”をしている。すなわち、悪人どもはたたきつぶせというやつ。

怖いものなしのシャッツだが、唯一最大の敵は老い。軽度ながら医者には認知症を疑われ、物忘れも酷い。
あまつさえ足元はおぼつかないのに、前作の悪党との格闘で、怪我を負い、今では歩行器に頼るありさま。

妻ローズは彼の入院中に自宅を売り払い、二人して介護付き老人施設に移る手続きをした。もはやシャッツにとって自宅は住みやすい環境ではなくなったからだ。バックにはまだ辛く長いリハビリが必要だ。

そんな彼のもとに、伝説の銀行強盗イライジャが訪ねてくる。
50年近く前、まだバックがメンフィス市警の刑事だった頃、イライジャは。同じユダヤ人としての迫害の歴史を盾にし、彼を強盗の仲間に引き入れようとした。
実際、イライジャのその痩せた紫色の歯茎は、長期間の栄養失調を物語っていた。彼はヨーロパで地獄を見てきたのだ。
バックは拒否し、イライジャの犯行を防ごうと一人奮闘した。公にできなかったのは、当時市警でユダヤ人は少数だったからだ。
イライジャの犯行が露見しようものなら、市警は組織をあげてユダヤ人狩りを始めかねなかった。
結局彼はまんまと仕事を成功させ、メンフィスから無事逃げおおせた。

そのイライジャが、今またバックに自分を守ってほしいという。自分の命は48時間。自分が殺されたら敵に復讐の雨を降らせてほしいという。
だが、バックは今や歩行器に頼る老人だ。復讐の雨はおろかズボンを小便で濡らすのが関の山だ。そもそもなぜ今頃、因縁浅からぬ自分を訪ねてきたのか?
十中八九、イライジャは何かをたくらんでいる。

それでもバックは魅力に逆らえなかった。ナチの逃亡者を追いかけている数日間(前作)は、昔の自分が蘇ったような気がしたのだ。
その結果、怪我をし前よりよぼよぼになってしまったが、それでももう一度、バックは本来の自分になりたかった

そこで、知り合いの警官アンドレを介してイライジャを自首させようとするのだったが…

357 SW Magnum

前作はバック・シャッツ登場とばかりの痛快ジジイアクションだったが、今回は少し様相が違う。
前作のために負った怪我の影響は大きく、バックが自分でもいっているように前にも増して老いぼれてしまっている。
持ち前の皮肉こそ健在で、シニカルなユーモアにつつまれてはいるものの、老齢というものがもたらす悲しみを感じる。

著者はあとがきで、「ポップカルチャーにおける老齢の描写は、長寿に対して人々が払う代償をきちんと捉えてはいないと思う」と言っているが、たぶんその通りなのだろう。

健康を失い、仕事を失い、息子を失い、そう遠くないうちに自分の記憶や過去を失うとしたら、最後には何が残るのか。バックにとってはそれは自分自身であること、信条というべきものだ。

ただ、その信条というべきものを形つくったのは、バックの両親、特に母、バード・シャッツの人生を犠牲にした力によるところが大きい。その背景にはユダヤ人迫害の歴史がある。

Walkers.jpg
今回の悪役は、1929年の大恐慌のときよりもたくさんの銀行の金庫を空っぽにしたという伝説の銀行強盗。イライジャは、アウシュビッツで一度殺され、彼の母親が目の前で殺された日に、復讐する幽霊として生まれ変わった。以来、国家の残虐な行為に対する反逆の人生を歩んできた。

ある意味で、イライジャとバックは似た者同士だ。二人とも、国家が約束する” 権利”は、国民を守ってくれないことを身にしみて知っている。

バックは何かというとすぐに357マグナムをぶっぱなし、時にあまりにも容易に人を殺してしまうことに少々戸惑いも覚えるが、その理由にも多少納得もできる。
その人の社会観は、その人自身の性向を表している。
バッツはこの世を厳しくて危険な場所だと信じている。その結果としてバック自身、きびしくて危険な人間なのだ。

ナチものはもうそろそろ…といつもいつも思うが、「もし、覚えてくれている人がいたら、自分はナチと戦う側だった。そう記憶されたい」というバッツの言葉には、やはりぐっとくるものがある。
私は、こういうことに素直に共感できる扱いやすい人間なのだろうが、単純な分、物語を楽しめる。
とはいえ、次回はそろそろナチからは脱してほしいところではある。

気になるのは、ここまで明かされていない息子ブライアンの死の原因だ
それどころか、私の読み落としでなければ、ブライアンがどういう職業についていたかさえも明かされていない気がする。

幼いブライアンとバックの間には、黒人差別をめぐり、善悪についての意見の相違があった。
「悪をはびこらせるに必要なのは、善人がなにもしないことだけだ」という純粋なブライアンと、「おそらく悪は、なにをしても栄えるものなのだ」というバッツ。もしかしてこの辺りがヒントか。

また、今回自分の主義や信条を貫こうとするあまり、ローズとの仲がこじれてしまったこともちょっと心配だ。
超超高齢離婚とかにならなければいいけど…

 

 

 

2件のコメント

  1. SECRET: 0
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    きょうはバック・シャッツの日(?)ですな。
    はやく本作読みたいけれど、自分は旧作にどっぷりの日々、
    新作に手が回らないのが残念(普通は逆なのだろうけれど)。
    ところでマグナムクラスの銃だと常人では連射は難しく、
    日々訓練を受け、尚且つ相当にしっかりした上半身を持つ人物でないと、
    一発撃ったらもう腕は上がらんのじゃないだろうか(重量も考慮)
    ・・などど思うのでした。
    銃に詳しくないけれど・・しかしイーストウッドならありえるかも?
    (『グラントリノ』の屈強な老人のイメージををそのまま流用)。
    今週、Spenthさんの注目作からは外れてしまったようですが、
    インドリダソン『声』読む予定です・・どうも先に読んだ『悪魔の羽根』と同じ、
    本作も評価の明暗(賛否)は分かれているらしい様子(?)。
    今年も連続してキングの年となるのかもしれませんなぁ。
    ではまた!

  2. SECRET: 0
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    naoさん、こんばんは〜!
    そうそう、今日は「バック・シャッツの日」でしたね。
    >ところでマグナムクラスの銃だと常人では連射は難しく、
    >日々訓練を受け、尚且つ相当にしっかりした上半身を持つ人物でないと、
    >一発撃ったらもう腕は上がらんのじゃないだろうか(重量も考慮)
    バックは、連続でて3発とか撃っちゃってますけども…、
    それで人も殺しちゃってますけども…、
    そして今は歩行器が必要なんですけども…、
    ありえない????
    ま、いいんですよ、面白いから(笑)
    イーストウッド、いいですよね!
    インドリダソンの「声」、私も読もうかなぁとは思ったのですが、単行本なのですよね。
    お高いので、新刊で買うのをためらってしまってます。
    絶対暗くて陰気だろうし(笑)なんかそういう気分じゃなくて…
    キングの「ドクター・スリープ」も良かったですが、エドガー受賞の「ミスター・メルセデス」も早く読みたいですね。
    キングなら、単行本でも買っちゃうんだけどなぁ。
    では、では!
    残りのSW、お楽しみくださいませ。

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