悪意の波紋 / エルヴェ コメール

些細なことがきっかけで、その後の運命が大きく変わってしまうことはある。本書はそういう「因果」というか「バタフライ効果」について考えさせられるお話。
そして、どんでん返しのおまけ付き。

横浜読書会のメンバーにお借りした本なのだが、さすがのチョイス。昨年の『その女アレックス 』に続き、フレンチは今年来てる!


物語は二人の男の群像劇のような形で始まる。
引退した元ギャングのジャックは40年前、高校時代の仲間5人でマイアミで100万ドル奪うことに成功する。
妄想癖のある凶暴なロマのパコ、毛皮職人の息子で派手好みなオスカル、家業を継いだところで苦労するしかないアルベール、車を盗むことにかけては誰にも負けないジャックの弟ジャン。時は1971年シナトラの引退コンサートの日のことだ。

大金を手に帰国した彼らは金を奪った相手がギャングのコルターノと知り、復讐に怯える。彼らは互いに距離をおいて暮らすことにした。
郊外で静かに暮らしていたジャックは、ある朝、玄関先に不吉なものを発見する。それは赤鉛筆で丸がつけられている5人の古い写真だった。

他方、イヴァン青年の元カノのガエルはTVのリアリティ番組のチャレンジャーになる。視聴者の人気投票で毎週生放送中に出場者が脱落していくというヤツだ。彼女は番組内で生き残るために馬鹿な元カレからのラブレターを面白おかしく吹聴する。その馬鹿な元カレとは、当然イヴァンのことだ。
ガエルはラブレターの束は実家にあるから、そのうち送ってもらって皆で楽しもうと言い出す始末だ。
イヴァンはそのラブレターを取り返そうと、ブルターニュの彼女の実家に向かうが・・・

 


二人の物語はそれぞれ一人称で交互に語られていく。
当初、その二つの物語には全く関連がなく群像劇かのように見えるのだが、豈図らんや。二つの物語はまさに”偶然によって”交差する。
そしてそれを機にイヴァンの運命は大きく翻弄されるのだ。しかもその”偶然”には黒幕がいた。

一旦、一件落着したことの真相が明らかになることで、さらなる驚きがもたらされる様子は圧巻。
“偶然”というものを扱ったこれまでにないミステリだ。

「バタフライ効果」という言葉があるが、これは、気象学者のエドワード・ローレンツが1972年にアメリカ科学振興協会で行った講演のタイトル「予測可能性:ブラジルで1匹の蝶がはばたくとテキサスで竜巻が起こるか?」に由来しているという。

その意味するところは力学系の状態にわずかな変化を与えると、そのわずかな変化が無かった場合とはその後の系の状態が大きく異なってしまうという現象である。

この言葉が示す通り、全ての”偶然”には原因という黒幕が存在する。
イヴァンの不幸な出来事にも黒幕がおり、その謎を解くことが本書の見せ場にもなっているのだが、一方で、黒幕の一方的な”悪意”だけでイヴァンの”結果”はもたらされたわけでもないのがミソ。
黒幕は必ずしも「犯人」ではない。実は影響力もなかったりもする。そこがこの本の不思議なところだ。

釈迦は、直接的要因(因)と間接的要因(縁)の両方がそろった(因縁和合)ときに結果はもたらされると説き、現実はすべての事象が相依相関して成立していると言っているが、それを思い出させる。

 

 

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。