寿命1000年 長寿科学の最先端 / ジョナサン・ワイナー

寿命1000年!この言葉のもつ響きをどう捉えるだろう?
本書はピュッリツァー賞受賞作家ジョナサン・ワイナーによる老年学の可能性と発展、死生観の問題についての本である。

  寿命一〇〇〇年: 長命科学の最先端
(2012/07/20)
ジョナサン ワイナー
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寿命1000年を唱えるのは、異端の老年学者オーブリー・デ・グレイその人だ。
1000年どころか、彼は寿命に限界はないと本気で確信しているという。

一見老けたヒッピーにしか見えない彼の専門はコンピューター工学だ。彼は老年学でも生物学においてもアマチュアにすぎない。
だが、たった一冊の著作でケンブリッジから生物学の学位を与えられ、老化にかかる国際会議の舞台で講演を行ったり、名のある生物学者と共著で多くの論文も発表したりと活躍を続けているという。


専門家は、デ・グレイの主張にも、彼が「老化を最小限に食い止めるための工学的戦略ーSENS」にも眉をひそめており、彼は多くの学会から追放されている。
なぜなら、彼の主張は、これまでの死生観を根本から覆してしまうからだ。すなわち人間は必ず死に、人生は有限で短いからこそ美しく輝くということに反してしまう。
それに人口爆発や食料や資源の問題もある。
著者のジョナサン・ワイナー自身もデ・グレイの主張に肯定的ではない。

人は老いてゆき、やがて死に至るものだが、デ・グレイは、この「老化」を医療問題だと考える「老化」は必ず死に至り、我々は皆この「病気」に罹患しているので、この問題にとことん取り組みべきだという信念を持っている。
彼は言う。「人が死ぬのに任せるのは、人を殺すのと同じくらい悪いことだ。」
突き詰めれば子供のいない世界になるかもしれないが、とやかく言ってないで、どんどん前に進もうじゃないか、と言う。
著者同様、嫌悪感を覚える人も多いだろう。

だが、本書の面白さは、デ・グレイの揺るぎない信念と、それに向かって「どんどん進んでいく」姿勢にある。これが、読んでいて愉快なのだ。著者ワイナーも半ば呆れつつも、彼に引きつけられていくほどだ。

「ぼくなら、500万年だって退屈せずに生きられる」
そう言い切れることが素直に羨ましい。

ワイナーは古今東西の文学や芸術を引き、死の問題を取り上げているが、なかでも興味深かったのはヤナーチェクのオペラ「マクロプロス事件(秘事)」だ
エレナ・マクロプロスは不老不死の秘薬を飲んだため、42歳(37歳のバージョンもあり)で300年生き、長すぎる人生の退屈を嘆く。その退屈と倦怠は想像するだけでウンザリさせられる。

『ヒトはどうして死ぬのか―死の遺伝子の謎』 の著者が指摘したように、人間は自分のそもそもの寿命を超える長い時間、自己を保つことができないようになっているのかもしれないとも思う。

退屈も倦怠も永遠に起こらない人間、もはやそれは人間ではないのかもしれないと思うのだが・・・

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。