バビロンの魔女 / D・J・マッキントッシュ

バビロンの秘宝にかかる歴史ミステリ。

この本のキャッチは、「古代文明への知的な好奇心をかきたてる、第一級の考古学冒険ミステリー」。

CWAのデビュー・ダガーにもノミネートされたらしい。
デビュー・ダガーというのは、未発表の作品に与えられる賞で、本書もこのノミネートとカナダのミステリ賞の受賞で出版の運びになったとのだという。

物語の舞台は2003年、アメリカ軍がイラクに侵攻した年のニューヨークに始まる。
主人公は、ジョン・マディソンというトルコ系の若き古美術商だ。
彼は幼い時に両親を失い、異母兄のサミュエルに引き取られアメリカへやってきた。40歳年上の兄サミュエルは中東専門の考古学者だったが、車の事故で亡くなったばかりだった。
そんな折、ジョンの幼なじみハルが怪しげな女に殺害される。その女の狙いは、サミュエルがイラクから持ち帰った石板だった。

生前サミュエルは、美術品を狙う犯罪集団から貴重な遺跡や考古学的遺物を守るため危険を顧みず奮闘していた。そして命がけでアメリカに持ち帰っていたのが「ナホムの石板」だ。
アッシリア時代のくさび形文字で記されたその石板は、旧約聖書の原本とも言えるものだ。売れば途方もない値がつくだろう。
金に困っていたハルはそれをサミュエルの死後に盗み出し、売却しようとした矢先殺害されてしまった。
だが、自らの死を予感していたハルはジョンにゲームを仕掛けていた。幼なじみのジョンにしか解けない難問を順に解き、石板の在りかを探し出すというものだ。

ハルを殺した女が属する組織に今度はジョンが命を狙われることになる。
そんな彼に、イラクでサミュエルの助手をしていたというトーマスという男が接触してきて・・・

謎かけゲームが出てきたときは、正直うざいと思ったが、それはおまけのようなものだ。読み終えてみると、タイトルの「バビロンの魔女」というのもよくできている。ダン・ブラウンのメソポタミア版といった感じだが、ダン・ブラウンより楽しめたかも。

メソポタミアとはチグリス川、ユーフラテス川に挟まれた地域をさし、現在でいえばイラクに当たるという。この地域の三大文明が、シュメール文明、アッシリア文明、そしてバビロニア文明だ。
だが、事情に詳しくなくても大丈夫なのが、エンタメのよいところ。読むことで学習できるし、読後は古代文明への好奇心がより掻き立てられることだろう。

また舞台はニューヨークからトルコのイスタンブール、バクダッドと移り変わる。それぞれの街並みや遺跡の描写がビビッドなのも特筆すべきだ。
聞けば、著者は作家になる以前は観光冊子の広報をしていたのだという。トルコやエジプト、マラケシュのあたりにもいつか行ってみたい。

また、訳者の方も書いていたが、イラクを含む中東の歴史の血なまぐささには改めて驚かされる。
バルカン半島をはじめとして「民族の対立こそが歴史」であった場所は他にもあるが、中東は群を抜いている。
本書の舞台となった2003年のイラク戦争もそうだが、イスラム国の攻撃によって貴重なメソポタミアの遺跡や遺物が破壊されていることを思うといたたまれない。

 

 

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。