繊細な真実 / ジョン・ル・カレ

昨年末からの積読本になっていた『繊細な真実』 を読んでみた。

本書の主人公は二人いる。
一人はまもなく定年をむかえようとしている低空飛行の外交官だ。
彼は、突如として英国領ジブラルタルでのある作戦に加わることになる。与えられたのはポール・アンダーソンという架空の統計学者の役割。だが、なぜ自分に声がかかったのかも皆目わからない。

その作戦<ワイルドライフ作戦>は、テロリスト捕獲のため、若く野心的な閣外大臣クインの指揮で行われた。
強引な遂行命令にポールは戸惑うが、作戦は成功したと告げられる。

今一人の主人公、出世街道を歩んでいる若き外交官トビーは、上司ジャイルズの引き立てもあり、閣外大臣クインの秘書官になったばかりだ。しかし、すぐに大臣が民間防衛企業とどっぷりな関係であることに気づく。
ある時、トビーは大臣の怪しげな行動に不審感を抱く。そして何かに突き動かされるようにある行動に出る。

三年後、”低空飛行”のプロビンは叙勲された後に引退し、北コーンウェルに暮らしていた。だが、<ワイルドライフ作戦>に携わった男に再会することで、作戦の裏に、ある”繊細な真実”が葬り去られているのではないかと疑問を抱くようになる。

そして、当時のクインの秘書官だったトビーに連絡をとるが・・・

ル・カレの筆に込められている思いが強く伝わってくる。

本来個人のためにあるべきはずの国の体制や大義が逆に個人を苦しめ蹂躙しているという問題は、ル・カレが繰り返しテーマとしていることであるが、強欲さがもたらす悲劇というのもまたそうである。
本書では後者のほうがより印象に残った。自らの道徳と正義を貫こうとするキットとトビーの前には、大き過ぎるものが立ちふさがっている。

職員の半分は、国のために働いているのか、軍需産業のために働いているのかわかってなかったし、自分たちのパンにバターを塗れるなら、そんなことはどうでもいいと思っていた。

これは、トビーの友人がトビーにアドバイスした言葉の抜粋だ。この言葉のどれほど的確であることか。

東西冷戦を扱ったもの以外でのル・カレの作品は、敵がはっきりしない分、好き嫌いがあるだろう。でも、私は結構好きなのだ。
ル・カレなら、過去の世界にしがみつき、長らく延々と東西冷戦時代のスパイ小説が書けたはずだ。事実世の中には、誰とはいわないが、何十年もずっと同じものをちゃっちゃと書いている作家だっているのだから。
それが、この年齢にしてこんな小説が書け、しかもそれが”力を持っている”というのは凄いことだと思う。

原文を読んでいるわけではないのだが、ル・カレならではの密な文章を味わうのも楽しい。
「あの時、彼は◯◯していたのだろうか」
この懐古調の文章を目にすると、なんだか嬉しくなってしまう。

 

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。