赤の女王 性とヒトの進化 / マット・リドレー

“赤の女王”とは何ぞや。
しかもサブタイは「性とヒトの進化」である。

往年の杉本彩みたいなのを想像してしまった人は残念でした。

本書は”性淘汰”にかかる科学啓蒙書であり、”赤の女王”とはあのルイス・キャロルの『鏡の国のアリス』に登場する女王のことなのである。

あの女王は懸命に走り続けているが、風景もまた彼女に追いついてしまうため、永遠に同じ場所にとどまっている。
この考え方は、進化の理論に大きな影響を及ぼし続けている。速く走れば走るほどに世界もまた速度を増すために、進歩は少なくなる。
いうなれば、運動すればするほどお腹がすいて食べちゃう私みたいなものです。


ところで、なぜヒトには、ほ乳類や地球上の生物の多くには、複数の性があるのだろうか。なぜクローンで繁殖しないのか?

本書では、地球に長く滞在し研究を行っていた架空の火星人ゾクが、母星の上司にそれを報告するという形で導かれる。
なぜ、地球人はセックスをするのか?
なぜ人一人をつくるのに、人が二人必要なのか?

宇宙人がアメーバーのように、単為生殖をする存在ならばこれは大いなる疑問だ。火星人ゾクは上司にこう報告する。

ある人々は病気を寄せ付けない方法だったからだといい、
またある人々は変化に即応し進化を速めるためだといい、
またまたある人々は傷ついた遺伝子を修復するためだというのですが、
根本的には彼らには何もわかっていないのです。

 


本書では、様々な角度から性淘汰の謎が掘り下げられていくが、興味深かったのは性嗜好は遺伝子によって影響を受けている可能性が多々あるということである。
進化の世界では物事にはすべからく理由がある。

ゲイの人たちの性嗜好も、我々がいわゆる「美しい人」を魅力的だと思うことも、自然淘汰と性淘汰の結果。

そして、現在ほど痩せた女性が好まれる時代はいまだかつてないという。

いわれてみれば、今の若い女の子は細っそい…。
昔、昔、私の時代のアイドルが、例えば河合奈保子や小泉今日子が体重やウエストサイズをサバ読んでいたのは周知の事実だったが、今のアイドルはリアルに細い。

かつて、シンプソン夫人は「女性は金持ちすぎたり、やせすぎたりすることはできない」と言ったが、今やそのあり得ない世界に突入している。

今や痩せているということは、(第三世界を除けば)女性にとってのある種のステータスなのだ。


これをフィッシャーの性淘汰理論にあてはめると、男性は細身の女性を妻にむかえれば、やせた娘を持つことができ彼女は良縁に恵まれやすい。良縁に恵まれれば、多くの子を産み立派に育てる経済的余裕ができる。
したがって、やせた女性を選んだ男性は、太った女性を選ぶ場合よりも、より多くの子孫を残せるということになる。

だが、著者はこの理論に納得しない。何かが妙だ。
それはまた、別の観点から掘り下げられていくのだが、その楽しみは読んでのお楽しみにしておくべきだろう。

本書は実は日本では95年に翔泳社から刊行された本。
この度早川から文庫として再出版された。刊行されて20年以上経ているので科学啓蒙書としてはちと古い。
その間にも研究は進みこの問いの解答へ近づいているからだ。が、それを差し引いても名著だと思う。

誰がどんな理論を発表し、それに対してどのような影響があったのか、性淘汰や進化の世界の歴史と同時にわかりやすく学ぶことができる。それとともに、生命の不思議さに思いを馳せずにはいられない。

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。