『暗いブティック通り』読書会

今月の課題本は、ノーベル賞作家パトリック・モディアノの『暗いブティック通り』である。

これまでエンタメ系のものばかり扱ってきたのだが、ついにやってきましたよ。
文学作品の番が!

プレゼンターはYッシー。やる気マンマンで資料も用意してきてくれた。
参加者は11名といつもよりは少なめ。

皆の平均点は6.5点。

最も多かったのは6点台だった。
言い出しっぺのYッシーまでもが6点なんですが・・・
「明確な答えが得られない」ということをどう捉えるかで評価が割れた感じだろうか。

まずは、得点の低かった皆さんのご意見から、
・主人公に感情移入できなかった
・主人公の必死さなどが全く伝わってこなかった


・自分探しというテーマに魅力が感じられなかった
曖昧さがもどかしい
・謎かけを始めたのなら、ちゃんと明かしてほしい。
・最後の終わり方が唐突すぎる
もっと上手く書けるはず(!)
・謎をそのまま丸投げするという文学作品のいやらしさ(ずるさ)を感じた


・パリが舞台なのに、その情景が浮かんでこない
・なぜ、国境を超えなければならないのかなどの背景が理解できなかった
・表現が上手くない、訳に違和感がある


・エンタメを欲していたので、気分が乗らなかった
・高尚すぎて理解できなかった


辛辣な意見も多かったのだが、確かに時代背景は我々日本人には少々わかりにくいかもしれない。ナチという言葉は一言も出てこず、ペドロがユダヤ人であると推測することしかできない。
モディアノも日本人読者のことなど意識してないだろうから、そこは致し方ないかも。

逆に高得点だった人の意見としては
・文体が美しく、読みやすい
・情感たっぷりで、香水がほのかに香り、ルビローサの口ずさむ歌が聞こえてくるかのよう。
・靄のかかった幻想小説のような雰囲気がよい
・小道具の使い方が上手く洒落ている

・答えが明記されていないからこそ、自分自身の経験に照らした解釈という読書の楽しみが生まれる
・読み手に考えさせるところが良い
・もどかしさが心地よく、中毒になった

普段あまり自分の意見を言わないO氏が、珍しく自信満々に論理を組み立ててきた。
ということで、以下「おてもと論」。

① 我々ミステリ読みというのは、「犯人はお前だ!」といったカタルシスを求めるものである。
    ↓
② ところが本書には、そういったカタルシスは存在しない。
    ↓
③ カタルシスを感じさせるには、著者と主人公との距離が近くなくてはならない
    ↓
④ なぜなら、そうでなければ読者の共感が得にくいからである。
    ↓
⑤ ところが、モディアノは意図的に主人公との距離をとり生み出さないようにしている。
    ↓
⑥ それはモディアノが書きたかったのが”アイデンティの喪失”だったからである。

「名探偵コナン」みたい(笑)
アプローチは違うが私の感想も⑥とほぼ同じ。前エントリでも書いたが、本書から伝わってきたのは空虚さだ。

作品に漂う空虚さは、モディアノその人自身の出自に起因していると思う。パリ占領下、市民たちが感じたのは喪失と空虚さ以外の何物でもなかっただろう。


また、本書の主人公はもしかしたら実体をもたないの存在なのかもしれないという気さえした。具体的な何者でもないがゆえに、主人公は捕らえどころなく共感も感情移入もし難い。しかし、逆に誰でもないがゆえに、我々の、読み手の誰でもあり得るということでもある。

モディアノの言い方を引用するならば、

建物の玄関にはそこを通る人々の足跡の谺のようなものが響いていて、注意深ければそれをキャッチすることができる。
結局のところ、私はマッケヴォイでも何者でもなかったかもしれないが、そうした空中に漂う谺が結晶になっていき、私になったのではないか

それを極限まで突き詰めていくと「我思う故に我あり」というヤツに行き着くのかもしれない。それは人間の深淵なるテーマでもある。

ファジーであることには賛否あるだろうが、モディアノ自身それを模索し続けているのではないだろうか。だからこそ、モディアノ作品は良いのではないか。

今回の読書会で最も良かったのは、なんといっても「熱く語るOさん」が見られたこと

アイデンティティの曖昧さについては特に熱く、曰く

「読書会での自分と、会社での自分は違うし、妻に対しての自分もまた違う。SNSでも違う自分を演じており、本当の自分が時々わからなくなることがある」

とか。えーと…、何かストレスでも? (笑)

確かにネット全盛の現代社会、アイデンティティを見失ってしまう人も少なくない。そういう意味では、本書が今再び脚光を浴びているのは必然なのかもしれない。

ただ、帯の「冬のソナタ」がどうこういうのはやめたほうがいいと思う。

ところで、本書に登場する香水はゲランのMitsukoではないかと思うのだが、はてミツコはどういう香りだったかと思い、デパートでミツコのテスターを貰ってきた。

香りというものは記憶を呼び起こす。そういえば、昔親しくしていた方がこれを使っていた。今は海外なので年賀状のやりとりしかしていないのだが、今でもエレガントなんだろうなぁ。と、私は思い出なんかに浸っていた。
そして、皆にこの香りを回覧したところ、

「ばあちゃん家の締め切った部屋がこんな感じ」とか言われてしまった…

ばあちゃん家・・・

それはさておき、モディアノ読書会は想像以上によい読書会でした。
次回は5月、「ミステリお料理会」でお会いしましょう。

 

 

 

Spenth@: 読書と旅行、食べることが好き。