生涯投資家 / 村上世彰

あの村上ファンドの村上世彰氏の半生記。

最近でも東芝株で元村上ファンド出身者の方のファンド、エフィッシモ・キャピタル・マネージメントが筆頭株主になり話題となった。
二部落ちした今はさすがに手放したのかな???
 
何にせよ、投資家村上世彰の名は今でも十分バリューがある。その本人の本となれば、読まないわけにはいかない。
 
ところで、村上氏といえば、「モノ言う株主」だが、あの逮捕劇も忘れることができない。正直、当時私には彼はどういう容疑をかけられたのかを知らなかった。マスコミは大騒ぎしたが、その犯罪性について説明することはなかったと思う。
本書にはそれも含め現在に至るまでの村上氏の激動の半生が綴られている。
 

この手の経済事件はグレーゾーンなことが多い。

つまり、解釈次第で白にも黒にもなる。
 
彼が立件されたのは、ホリエモンが村上氏に言った「ニッポン放送の株を5%以上買いたいと思っている」という言葉が「インサイダー」に該当するということだったらしい。
これは内部情報ではなかったし、当時のライブドアの資産状況からしても実現性は低く、単純に彼の夢や願望だったという。
だが、誰かが大量に株を買えばその株の価格に影響を及ぼすのだから、そうした情報もインサイダーに該当するとされたという。
 
一審の裁判官からは、「ファンドなのだから安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前というが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」とも言われたそうだ。
 
冷静に聞けばめちゃくちゃな論理だが、当時世間は「村上叩き一色」で、彼は「悪役」にぴったりはまっていた。そして、昨今の裁判は強く世論に左右される。
振り返ってみるならば、ご本人のいう通り、犯罪性云々というより「出る杭は叩く」的意味合いが強かった感は否めない。
 
前半は少し綺麗事すぎかなぁという気がしなくもない。良い人感を演出しすぎというか(笑)
あれほど切れるのに、実は不器用な人なのだろうなぁとも思う。その意味では、本書と今まで私個人が彼に抱いていたイメージに違いはない。
 
彼が終始こだわっているのは「コーポレート・ガバナンス」の浸透と徹底である。これが日本語に訳すと内部統制という意味でよく持ちいられる気がするが、村上氏のいっているのは、「上場のルール、上場企業のあるべき姿」というニュアンスだろうか。
上場の目的は、資金集めとその資金を使っての積極策だと言い切る彼は、内部留保をたんと溜め込んでいること自体に疑問を呈する。設備投資やM&Aのあてもなく内部留保があるのなら、自社株買いで企業価値を高めるなり、配当にするなりして株主還元すべきだというわけだ。
全く同じ論理で日本人が預金を溜め込むことも、経済に悪影響を与えているという。資金は人間の身体でいえば、血液なのだから、循環させてなんぼだというのだ。
日本一の借金会社として知られるソフトバンクがなぜ事業拡大を続けているかという例も挙げて説明しているのだが、非常に説得力がある。ソフトバンクは確かに有利子負債が多い会社だが、その資金を用いて積極投資を行い利子以上に利益を上げているというのだ。
また、上場しているからには誰しもがその株を買うことができる。買われるのが嫌なら上場をやめればいいと言い切る。
 
しかし、これらがルール中のルールであっても、正論がまかり通らないのが日本社会だ。
先日読んだ「世界の[宗教と戦争]講座」の冒頭で、井沢元彦氏は「日本人には原則がないのが原則です」と述べている。この言葉単体では誤解されがちなので補足すると、そもそも日本人はお互いの「和」を非常に重んじ、自分の組織、村、会社、家庭で波風を立てないことを第一にしてきた。その中では「話し合い」でなんでも決め、その「話し合い」で決まったことは”絶対に正しく”、”外部の規範”などは無視することもあるというのだ。
 
村上氏は「決まりは決まり」という原理原則タイプなのだろう。彼は投資家であった台湾系の父を持ち、インターナショナルで自由な環境で育ったから、その独特な「和」や「ムラ」社会が理解できなかった、というより「したくなかった」のではないか。しかも彼は官僚として立法そのものに携わってきた。
「決まりは決まり」という彼は正しいのだが、そう杓子定規にいかないのが「日本」で日本の社会だ。
井沢氏の考察によると、イスラム教やキリスト教社会にある「話し合いでも絶対に変えるべきではない原理原則」は、日本には存在せず、それが外部からみるとわかりにくい部分になっているという。
 
ゆえに、それがスタンダードなのだ、本来あるべき姿だ、と村上氏がどれほど力説しようとも、日本人には受け入れられなかったのかもしれない。勿論、その言動や方法論に賛否はあったにせよ、ホリエモンにも同じことが言えると思う。
 
件の事件の顛末はもちろんだが、小学生の頃から投資をしていたという生い立ちや、シンガポールで今、何を考え、これから何をしようとしているかについても触れられている。
今が旬の東芝の失敗や、日本株式会社そのものが持つ問題点についての言及も興味深かった。
 
 

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