ヤフーやグーグルなどの検索エンジンは、もはやなくてはならない存在だ。
が、逆に個人情報を吸い上げられているとも言える。優れたデータ収集プログラムを備えている彼らは、私のこれまでの検索歴や購買歴から、どういうものを欲しているか、どういうものに興味があるのかを極めて高い精度で予測しリコメンドしてくる。
とはいえ、トンデモ広告も表示されることもある。全然自分に関係ないと思われるものの広告だ。プログラムの精度もそんなものかと思っていたら、本書によれば、実はそれは「うまくいっているからこそ」なのだという。
自分にどんぴしゃりのものばかり表示すれば、ユーザーは気味悪がるので、あえて見当違いなものも混ぜておくということらしい。
恐ろしや・・・
本書「ゼロ」は、テクノロジー依存の世の中に警鐘を鳴らす、ドイツ発の社会派サスペンスである。
この物語では、フリーミーという巨大企業が開発したアドバイスプログラム、”アクトアプリ”から助言を受けることで、子供達は成績をあげ、ダイエットをし、恋の相談をし、よい結果を得ようとする。自分に関する情報を集約すればするほど、より精度の高い助言が得られるのだ。また自分に関するデータを売ってお金に換えることもできる。
主人公のシンシアはITには疎いが、娘のヴィーなどの若い層は皆、積極的なフリーミーのユーザーだ。
そんなある時、「ゼロ」と名乗る匿名グループがドローンを用いてアメリカ大統領を襲撃する映像がネット上にアップされる。大統領は無事だったが、面目をつぶされたアメリカの諜報機関は大激怒、ただちに「ゼロ」捜索が開始される。
大統領襲撃というセンセーションナルな映像により一躍注目を集めた「ゼロ」の真の標的は、「データを独り占めする大ダコ」、フリーミーのような巨大IT企業だったのだ。
新聞記者のシンシアも「ゼロ」の正体を探るべく、調査を始める。上司の命令でスマートグラスをかけて取材することになったシンだったが、1日だけの約束で娘のヴィーにスマートグラスを貸してしまう。
ところが、ヴィーからそれを又借りしたヴィーの友人アダムが殺されてしまうのだ。彼は、アクトアプリの「追うな!」という制止を振り切り手配犯を追いかけ、撃たれてしまったのだった。
その時、アダムに何が起こったのか?「ゼロ」を追うシン自身にも危険が迫っていた・・・
本書の舞台設定はほぼ現代と同じロンドン。
違うのは、現実の世界より若干アドバイスアプリといわれる種の開発が進んでいるだけだ。そのほかのテクノロジーは全て現実に存在するものであるという。
ただでさえ監視カメラだらけのロンドンで、皆がスマホやスマートグラスを使用する世界は、まさにジョージ・オーウェルの世界だ。
スマートグラスを通してみれば、人のプロフィールも筒抜け。なんらかの形で過去にネット上に痕跡を残していれば残さずオープンにされる。すなわち、誰もが誰もを監視しているのだ。
著者はこの本の中のことは、今後十分に考えられるシナリオだという。
現実には、個別アドバイスプログラムは小説には及んでしないというが、それはフリーミーのアクトアプリがまさに自らが自己学習していく人工知能だからだからだ。今のところ、現実社会の人工知能はそこまで行っていない。
プログラムは常にイエスとノーで判断してそのうちの一つを試し、結果を分析する。結果が良ければ次も同じ判断をするし悪ければ違う道を選ぶ。
子供が間違いから学んでいく過程と同じだが、圧倒的に違うのは、人間と違って、プログラムはほんの一瞬で学習することだ。
その度、アップデートし進化を遂げていき、環境に適応し成功をおさめる。
判断を下すプロセスは、もはや人間には理解できない。
そして、プログラムはどんな諜報機関よりも、それどころかあなた自身よりもあなたのことを知っている。
本書の中では、それでもまだプログラムのアルゴリズムは人間の手によって管理されている。しかし、そのアルゴリズムを恣意的に変えられるというのは、ある意味神の手ともいえる。それはまさに、一人の人間、ひとつの企業によって支配されているともいえるのだ。
この先、テクノロジーがいくところまで行き着いてしまえば、『人工知能 人類最悪にして最後の発明』で提起されている問題が生じる可能性は大きい。
ごく最近、テスラ社のCEOイーロン・マスク氏はAIの暴走を防止する会社を設立したらしい。フェイスブックのザッガーバーグ氏はマスク氏の行動について「ちょっと異常」と揶揄したという。私はマスク氏を笑えないが、あなたはどう思われるだろうか?
本書が描く世界は一見突飛に思えるかもしれない。が、その実かなりリアリティがある。Googleが人工知能を開発する新鋭企業を買収してはや2年。
これまでGoogleの中枢である検索エンジンは、人間の手による厳格なルールにもとづいたアルゴリズムを採用してきたが、ついに”人工知能”がとって変わろうとしているのだという。
Googleの設立者の一人セルゲイ・ミハイロヴィッチ・ブリンはかつて「私たちの望みは、グーグルが皆さんの第三の脳になることです」と言ったが、それは現実になろうとしている。
コメントを残す