なんだか不穏な題名だが、意外にもシニカルな笑いにあふれている。
登場人物は「死」が間近に迫った老人ばかりなのだ。
79歳のデイム・レティ(デイムは勲功章をうけた女性の称号)に、ある日「死を忘れるな」という謎の電話がかかってくるところから物語は始まる。
次第にその電話は、ゴードフリーを始めとするレティの周囲の老人たちにも広がっていく。
各々にかかってくる電話の声は、若者だったり老人だったり様々で、老人たちの反応もまた様々。レティは疑心暗鬼にかられて遺言状を何度も書き直し、レティの兄のゴドフリーは昔の不倫を妻に知られるのを恐れつつも新しい家政婦に下心を抱く。
業をにやしたレティは引退した元主任警部のモーティマーに犯人探しを依頼するのだが・・・
本書に登場するのは少し変わったところのある老人ばかりだが、共感できることも多く、著者の観察眼には敬服させられる。
人はたとえ昔のことでも、恋の恨みに関しては忘れないものだし、自分の欠点は「人間みんな」にも該当すると思いたがる。そして、人は恐れているものを嫌う傾向にある。
アイロニカルな笑いもそうだが、英国らしい洒脱な雰囲気もスパークの魅力だ。
「70を超すというのは戦争にいくことですわ。仲間はみんなもう死んだか死にかけているか、あらしたちはその死んだ人びと、死んでいく人びとのなかで生き残っていて。」
これは謎の電話に悩むレティが、義姉の元メイドから言われた言葉だが、この言葉のなんと重いことだろう。
ここに描かれている老人たちの様子は愛憎愛乱れるものだが、側からみるとかなりコミカルで、そのことに少々ぞっとしてしまう。
原題の「Memento Mori」は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句だという。
Wikiによると、古代においては carpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろうという趣旨だったようだが、その後のキリスト教世界で違った意味を持つようになったという。
天国、地獄、魂の救済が重要視され、死が意識の前面に出てきたからだ。
そのため、特にキリスト教徒にとっては、「死への思い」とは現世での楽しみ、贅沢、手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものとなったそうだ。
そこから転じて、この音葉には「冷水を浴びせる」という意味もあるそうだが、文字通り、登場人物たちも冷水を浴びせられる。
私もバケツで冷水をバシャっとかけられた気分になった。
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