マプチェの女 / カリル・フェレ

『マプチェの女』の舞台はアルゼンチン。著者はフランス人らしいが、徹頭徹尾アルゼンチンの物語だ。タイトルの”マプチェ”というのは、南米の先住民族のひとつ”マプチェ族”のことだ。
Kindle版の巻末にあった著者紹介によれば、フェレ氏はフランスでは実力派の人気作家らしい。本書は2012年のランデルノー賞受賞、「リール誌」が選ぶフランス最優秀ミステリ賞を受賞しているという。

このフェレ氏自身が1976年の軍事クーデター直後にフランスに亡命した人なのかとも思ったが、『Zulu』を書いているところをみると、「民族」そのものに興味を持っており、それをテーマに書いている人なのかもしれない。

アルゼンチンで思いつくのは、タンゴ、マラドーナ、マルベックワイン。
テニスでいえば、ファン・マルティン・デルポトロ。怪我が多く低迷しているものの、デルポといえば、2009年の全米優勝である。当時、2強だったナダルとフェデラーを破っての優勝だった。

 
と、地球の裏側にあたるアルゼンチンに対する私の知識は乏しいのだが、知られざるアルゼンチン史を知る上でも、本書は多いに役立つ。
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主人公はマプチェ族の女ジャナである。
18世紀に起こったキリスト教徒による先住民掃討作戦で、マプチェ族は先祖から伝わる土地を奪われた。
現在ではアルゼンチン人に占めるマプチェの割合はわずか3パーセントで、多くが南部の貧しい地方で暮らすか、大都会の郊外のスラムに身を置いているという。
ジャナは美大の学費のために身を売り、以降10年にわたってブエノスアイレスでアーティストとして活動をしてきた。 
あるときジャナは、女装のゲイの友人パウラ(ミゲル)から、ルカが行方不明になったと相談される。ルカもまた女装のゲイで、生活費のため客をとっていたのだ。
果たしてパウラの心配は的中し、ルカは惨殺体で発見される。性器を切り取られ辱めを受けていた。
あまつさえ腐敗した警察は、女装のゲイの殺人など真剣に捜査などしてくれるはずがない。
ジャナは私立探偵のルベンを頼るのだが、断られてしまう。ルベンは国家再生プロセスの過程で拷問され殺された偉大な詩人の息子だ。ルベンとその母親は、軍事政権下で行方不明になった人と、彼らを虐待した連中を探し出すことに命をかけていた。
ルベンは、マリア・ビクトリアという女性の捜索依頼を引き受けたばかりだったのだ。
 しかし、ルベンの調べが進んでいくうち、マリア・ビクトリアが失踪直前に殺された女装のゲイと会っていたことがわかる。
マリアはブエノスアイレスの裕福な実業家の娘だ。その彼女がなぜ埠頭で客を引く貧しいゲイと会っていたのか?

やがて、アルゼンチンの凄惨な歴史が浮き彫りになっていく・・・

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冒頭、著者自身がブエノスアイレスからの亡命者かと思ったと言ったが、写真をみると、彼はルベンそのものだったりするのだ。ご覧の通りの伊達男だし、年齢も一緒だ。
 
そして、このルベンがいい役どころなのだ。いい男には”影”が必要だが、彼にも自分の胸だけにしまい込んでいる凄惨な過去がある。

アルゼンチンの軍事政権下に起きた出来事は、フィリップ・カーの『静かなる炎』 にも描かれているが、その横暴さが生んだ悲劇に対する叫びはその比ではない。

残酷さとは、人間が持って生まれる性質のひとつなのだろうか。
 
『ブエノスアイレス食堂』 も相当ショッキングだったが、こうした土壌でああいうた文学が生まれるのもさもありなん、と思わせる。
 
 本書には、大きく二つの悲劇が奏でられている。一つはルベンの体験した軍事政権下の悲劇で、いまひとつはジャナが負っている虐げられた部族の悲劇だ。
ストーリーは軍事政権下の悲劇に重きを置き展開していくが、主人公はマプチェの女のジャナ。互いに敵が異なる二つの悲劇をどう収斂させるのだろうと思っていたのだが、やや無難にまとめた感じだろうか。 
 
年齢(47歳)の割にかっこいいルベンと、美しいマプチェの女ジャナ。そして互いに心に傷を負っている…もうこれだけで想像がつくというものだが、案の定、愛が芽生える。しかし、これがないとあまりに救いがない。 
遠いのでなかなか実現しそうにはないが、アルゼンチンにも行ってみたいなぁ…ワインの美味しい国でもあるし。
 

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