2000年から続く本シリーズだが、実は日本語訳されているのはわずか8作品のみ。最初の4作品の後はどかーんと空白地帯で、ハーパー・コリンズ・ジャパンのおかげで最近の作品は文庫で読めるようになった。
シリーズものは一話完結っぽいものも多いが、本作は結構物語が連続している。とはいえ「亡者のゲーム 」以降を読めば充分だし、ちゃんと前作までの流れもわかるよう説明もある。
ただ「英国のスパイ」と「ブラック・ウィドウ 」は直なので必読。
「英国のスパイ」の主役ともいえるべき元暗殺者のクリストファー・ケラーと、「ブラック・ウィドウ 」でISISの司令官”サラディン”の元に潜入したナタリーは本作でも重要な役割を果たしている。
元SASでコルシカのマフィアの暗殺者だったケラーは、私もお気に入りのキャラだが、ファンの人も多いんじゃないかな。
死線のサハラ 上 (ハーパーBOOKS)
死線のサハラ 下 (ハーパーBOOKS)
今回の物語の前半は南仏のリゾート地サントロペ。ここでフランス人実業家を罠にかけるため周到に準備された”華麗なる作戦”が繰り広げられる。フランスの諜報機関、英国のMI6、CIAの協力を得た大々的な作戦だ。
著者ダニエル・シルヴァもあとがきで述べているように、フィッツジェラルドの「グレート・ギャッツビー」を連想させる。
罠に嵌める実業家のマルテルは、フランスにおける紛れもないセレブなのだが、その富は麻薬によってもたらされたものだ。彼はモロッコの犯罪組織と通じ、組織を通してISISとも間接的に繋がっている。
この作戦の目的は「ブラック・ウィドウ 」で不首尾に終わった”サラディン”の暗殺なのだ。
サントロペの華やかさからは一転、後半はサハラ砂漠での緊張感あふれる闘いとなる。
本シリーズの主人公であるガブリエル・アロンは、2000年に初めて登場したときは絵画修復師を隠れ蓑にしたイスラエルの一工作員に過ぎなかったが、いまやイスラエルの諜報機関の長官に就任した。
これまで名うての暗殺者としてガブリエルが闘ってきたのは、イスラエルという国と同時に彼個人にとっての敵でもあった。最初の妻リーアと息子の敵、二番目の妻を狙った敵。そして、親しい友人を死に追いやり、ガブリエルたちの裏をかきワシントンDCでテロを起こした敵であるサラディン・・・
現場にでない立場になったらどうするのかと少し心配したが杞憂だったようだ。杞憂という言い方は適切ではないし極めて不謹慎だ。というのも、本書はエンタメではあるものの、エスピオナージにありがちなようにかなりの部分が事実に即しているからだ。
物語に登場するISISとの闘いは現実世界のもので、たとえアメリカと有志連合がISISを打ち負かしたとしても、まさにガブリエルが憂うように、数百万人のスンニ派のムスリムは不満と憎しみを抱き続けるし、何世紀にもわたって不安定をもたらすからだ。
結局、ガブリエルの闘いに終わりはない。
ただ、暗い側面ばかりでもない。著者も強調するように本書はエンタメであるので、楽しませる要素もふんだんにある。シャンパンと銃に心理戦と銃撃戦。
今回、ガブリエルが修復を施したのは、絵ではなく二人の女性に対してだった。著者がなぜガブリエルをスパイである同時に絵画修復士にしたのか理解できる。
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