誘拐犯の娘という設定勝負「沼の王の娘」

週刊文春のミステリーレビューで高評価だったので買ってみた。タイトル通り設定ありきのスリラー。

  

沼の王の娘 (ハーパーBOOKS)

 

本書の主人公は、サイコパスの誘拐犯のとその被害者の女性の間に生まれた娘なのだ。
物語の舞台はミシガン州のアッパー半島。ミシガン、ウィスコンシン、ミネソタのあたりはネイティブ・アメリカンのオジブワ族の居留地があるが、本書の主人公ヘレナの父親ジェイコブもまたこのオジブワの血を引いている。
ヘレナがティーンエイジャーのとき、父ジェイコブは警察に逮捕される。ヘレナの母親を誘拐したことに加え、強盗、殺人の罪もあったため終身刑に処された。
ヘレナたち家族は、それまでアッパー半島の沼地にある未開の土地で、文明から切り離された自給自足の生活を送っていた。そのとき彼女は12歳にしてはじめて自分と母親の境遇を理解したのだった。
時は流れ、今ヘレナは写真家の男性と結婚し、二人の子供の母親だ。
ところがある日、ジェイコブが看守を殺して脱獄する。
この沼地の原野で、父ジェイコブと伍することができるのは自分しかいない。ヘレナは自分の家族を守るため、父を狩る決心をする…

アメリカメディアが絶賛しているのは、この父に対する娘の愛憎あい交じる複雑な感情なのだろうが、私には少し分かりにくかった。ただ、分かりにくいというのはとても幸福なことなのだろうなぁとしみじみ思う。
連日、幼い子供の虐待死がニュースを賑わせているが、子供たちはそれでも親に愛してもらいたかったのだろう。ジェイコブはヘレナを虐待したわけではないが、どこか、それに通じるものがある感じがする。

そんな父娘関係よりも印象に残ったのは、自然に暮らすという厳しさだった。
ヘレナの子供時代、ヘレナの歪な家族が世間から孤立し文明から離れて暮らしていた時分、ジェイコブがヘレナに鹿狩りを教えるシーンがある。
大きな牡鹿だと思って仕留めたのは妊娠した雌鹿で、その死んだ雌鹿から子鹿が生まれるのだ。その子鹿でヘレナ皮をはぐ練習をするのだ。
このシーンがあまりに鮮烈で、なんとも言えない気分にさせられた。
理屈では理解できるが、甘やかされてきた感情がそれを直視するのを拒否してしまうというべきか。
子豚はかわいいがトンカツは美味しいし、子牛も子鹿もかわいいが、牛革や鹿革の靴は美しい。


訳者あとがきによると、この作者自身、かつてヘレナのような生活を送っていたことがあるとのこと。ミネソタの自然とヘレナたちの暮らしの描写は、体験したものだけが伝えることのできるものだと思う。

オジブワといえば、ウィリアム・K・クルーガーのオコナーシリーズを真っ先に思い出す。「血の咆哮 」以降のものがとんと出ないが、あのシリーズ面白いのになぁ。

映画化も決定しているようだが、この手のものは読んだ感じだと活字より映像でみたほうがいいのかも。
「謀略空港 」なんかも面白かったけど、ハリウッドの脚本家の作品なのでまず映画ありき。べつに小説で読まなくてもよくね?という感じ。

ちなみに、ヘレナ役はアリシア・ヴィキャンデルだそうです。
小説だとヘレナは魅力に乏しいところもあるので、女優さんとしては腕の見せどころ。

 

  

 

 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。