フィクション

ハリー・オーガスト、15回目の人生 / クレア・ノース

2016-11-19

今の記憶や知識を完全に持ったまま、もう一度子供時代から人生をやり直せるとしたら?誰しも一度は空想し、望んだたことがあるのではないか。
うん、わたしはもっとちゃんと真面目に生きることにするわ(笑)

本書「ハリー・オーガスト、15回目の人生」は、そうした願望そのものの人生を生きる男の物語だ。
 
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本書の主人公、ハリー・オーガストは、1919年の冬、エジンバラ郊外の駅の公衆トイレで産み落とされる。その後は養父母に引き取られ、自分の実の父親の屋敷の使用人の息子として育つ。複雑な生い立ちなのだ。
 
ある人生では幼くして投身自殺をとげ、またある人生ではほぼ天寿を全うした。
しかし、彼は死んでも前の人生の記憶を全て持ったまま、また同じ年の同じ日に、同じ状況で生まれてくるという特別な能力の持ち主、”カーラチャクラ”だったのだ。
ハリーの他にもカーラチャクラは存在していた。彼らはクロノス・クラブという組織を結成し、仲間を助けるとともに、時に残酷なやり方で歴史や時間の流れを乱そうとするものを戒めてきた。
 
ハリーは、自らの「あり方」を解き明かそうとし、宗教、医学、生物学を次々と頼みとしてきたが、物理学を極めようとしていた人生で同じカーラチャクラのヴィンセントと出会う。
しかし、ヴィンセントは世界の終わりの元凶となろうとしていた。
彼によって、まだ発明されるべきでないものが発明され、科学は加速的な進歩を遂げていく。その結果、世界は滅びようとしていたのだった。終わりの日は、ヴィンセントが人生を繰り返す度に早まる。
 
11回目の人生を終えようとしていたハリーは、クロノス・クラブからの伝言で、自分が彼を止めなくてはならないことを知る。
 
そこからハリーと、ヴィンセントの、世界の終わりを賭けた戦いが始めるのだが・・・
 
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この小説のいいところは、単なるリプレイものではなく、スパイ小説的な展開へと大きく拡がっていくところにある。ハリーの個の問題だけでなく、ちんまりとまとまってない。
こうしたことができるのも、死んでも前の記憶を一切合切持ったまま、同じ人生をスタートできるからだろう。
 
生まれ変わりというと、即、仏教的な輪廻転生を思い浮かべてしまう私には少々新鮮で少々羨ましくもあった。
 
死んでもまた同じ人生がスタートする。
全く同じであれば退屈だが、上書きされ増えていく知識がある分、自分の対応も異なり他人の反応も違ってくる。同じということはない。
 
ハリーの人生は、死や、何もできない幼少期を挟むことで一旦中断するものの、ある意味延々と続いていく長い長い人生と捉えることもできる。 
 

この本の後に、佐藤優氏の「大国の掟 」を読んだのだが、彼は、その本のなかで、「現在起きていることは、過去に起きたことの反復現象だ」と言っていた。
ただし、全く同じ形で反復されることはないのだそうだ。
 
ここに歴史やインテリジェンスの面白さがある。世界情勢の解き方とハリーの人生。全く異なるものなれど、ちょっと似ているかもしれない。
 
話は逸れたが、ハリーの人生はそれぞれ異なるパワレル・ワールドなのだろうか、とか、じゃあ、1回目という起点はなぜ起こるのかなど、悶々としてしまうきらいもあるが、難しいことは考えずに単純に楽しむべし。
 
 

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