フィクション

フェルミのパラドックスの中国的な解「三体Ⅱ 〜黒暗森林」

2020-07-30

中華SF「三体」の第二部。
第一部がちょっと合わないかなぁという感じだったので、続編を読むのを迷ったが、買ってしまった・・・

 
三体Ⅱ 黒暗森林(上) 

三体Ⅱ 黒暗森林(下)

「三体」は、中国人天文学者が異星文明、三体とコンタクトをとったことによって、地球に彼らがやってくるという物語だ。

映画「インデペンス・デイ」がアメリカ=地球だったように、この物語では中国=地球。地球の意思決定すべてが一事が万事、中国人を中心に動いていく。(中華思想どんだけ〜!)

三体という名称の通り、三体文明がある惑星には、太陽が3つあり互いに引力を及ぼしあいながら予測不能な動きをしている。当然のことながら惑星の軌道も予測不能。何百年も太陽がのぼらないこともある。

2016年に発見されたケンタウルス座アルファ星系のプロキシマbがまさにそれだが、作中の三体文明もここらにある設定。
三つの恒星の動きが予測不能なのは、三体問題に解がないためだ。

しかしながら、三体文明は、カルダシェフの文明の尺度でいえば、タイプⅡにまで発展を遂げている。
ソ連の天文学者ニコライ・カルダシェフは、文明が異なれば文化や政治は異なるだろうが、エネルギーを必要とすることは不変だとしてエネルギー消費量をもとに文明を分類した。

この本では終始この分類の尺度をエネルギー消費量ではなく、「通信にかけられるエネルギー量」と説明しているがこれは誤り。
いくらフィクションでも、この本で知識として覚える人もいるのだから、ちゃんとして欲しいな。NASAなどは「SFやファンタジーの書き手も含め、科学を仕事で扱うのであれば正しく理解する」ことを目的にしたワークショップに資金提供しているくらいなのだから。
些末なことだが、執筆時の最先端知識をドヤァ!と披露することで迫力を出しているのも事実なので尚更。

ちなみに、2020年現在の私たち地球も作中の地球文明も、いまだタイプ0.7といったところだ。
作中、史強が人類をイナゴに喩え、そのしぶとさを解くシーンがあるが、三体文明と人類ではまさに人間とイナゴくらいの違いがある。

脱線するが、タイプⅡ文明まで発展してしまえばおそらく不滅と言っていいレベルらしい。恒星間移動が可能なテクノロジーを持ち、自ら主星である恒星(太陽)に寿命が近づき膨張を始めたとしても自分たちの惑星の軌道をずらすことさえ可能だという。

ただし、三体の場合は、解がないために惑星自体をずらすこと等で解決できない。だから、移転先として地球にやってこようとしている。
彼らの反物質エンジンを持ってしても、400年はゆうにかかる計算だ。

と、ここまでがおさらい。話は昔からよくある「異星人が地球にやってくる!」モノだが、ディテールがちょい今風。
第二部の本書は、地球に向かっている三体を迎え撃つパート。
と言っても、この二部でやってくるのは探査機の「水滴」のみ。本体はまだ来ていないのだけど・・・

物理用語や定義を多用しながらも正確ではないし、ロジカルでもない。少しイラっとしつつ読んだが、下巻の半ばあたりから俄然面白くなった。

ちょっとだけ下巻のネタバレをすると、時代が2世紀分、一気に進む。しかも主要人物たちは冬眠で乗り切るという卑怯さw(完全コールドスリープの技術はいつ間に作ったの?!)

さて、その2世紀後だが、三体が仕掛けた智子(ソフォンー粒子加速器に干渉することで、物理研究を妨害する)により、物理学は依然停滞したままだが、200年という時を経て、人類は核融合技術さえ手にし、遺伝子技術の恩恵も受けていた。
第二部の主人公と言っていい羅輯(ルオ・ジー)は、200年の眠りから目覚めた時、穀物がすべて遺伝子組み替え作物となり工場の栽培タンクで育つのを知って、歓喜の声を上げている。
(日本人としてはちょっと理解しがたいけど・・・)

実は、文明タイプ0からⅠへの移行は最も困難で、滅亡しやすいと言われている。私たちはまさに今、現在進行形でその難題に直面しているが、それは地球温暖化、生物兵器、核の脅威のためだ。
作中の地球文明はそれらを乗り越え、部分的にではあるが技術革新を成し遂げる。
現実世界は果たして乗り越えられるのかな・・・?

腑に落ちなかったのは、人類がホモ・デウス化(ロボット工学や遺伝子工学の恩恵を受けヴァージョンアップする)をしていないことだったが、それでは都合が悪いからだろう。
なんと言っても、2世紀後の作中の人間は容姿は美しいものの、揃いも揃って賢くはなく、バカみたいにおめでたいのだから。

ところでタイトルにあるフェルミのパラドックスとは、「みんな、どこにいるんだ?」ということだ。
宇宙は果てしなく広く膨大な数の恒星系が存在する。その中には生物が生息可能な惑星も数えきれないほどあるのに、異星文明が訪れた物証がないのは何故なのか。宇宙が黙りこくっているのは何故か。

この問いに対し本書で示される解答が、「黒暗森林」という概念だ。たぶん作者である劉 慈欣ご本人の答えだろうが、極めて中国的。

昔とは比べ物にならないくらい国力を増し、裕福になりはしたが、文革の悲劇を経験したからこそなのか。もしくは自分が当然そうするなら、相手もそうするに違いないという性悪説なのか。
いずれにしても、お人好しの日本人は少しは見習うべきなのかも。

言い添えておくと、このパラドックスを解決する答えは、他にいくらでもある。

第二部の解説にはハード系SFとあるが、引用や説明が正確ではないところが気になるし、その使われ方もややご都合的かな。
どちらかと言えば、見せ場も面白味も、心理面描写の方にあると思う。

ちょっと厳しくなってしまったけど、中国由来の未知のウイルスのせいでこんな日々なので・・・

 

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