イスラーム政権が誕生のフランスを描くミシェル・ウエルベックの「服従」

日産会長のゴーン氏逮捕は衝撃的だった。注目されるのは日産とルノーの歪な関係の行き先だ。ルノーの筆頭株主はフランス政府。もう国営企業に近い。
国内にもゴーン氏逮捕は特捜の勇み足だったいう声もあるが、庶民のガス抜きとしてもこれ以上ない生贄でもある。
対立軸もルノー&フランス政府VS日産&特捜になっているようだが、どうなることか。

そのフランスに、2022年にイスラム政権が誕生するというのが、本書の設定。
いやいやいや可能性はなくはない?

欧米で広く読まれて話題になっていたのは知っていたが、日本版も文庫化電子化されている。しかも解説はあの佐藤優氏が書いているというではないか。彼はロシアの専門家というだけでなく、同志社で神学を学んだクリスチャンでもある。
これは読まなきゃというので読んでみた。

主人公はパリ第三大学の教授フランソワ。
デカダン文学のユイスマンス研究家として知られ、アカデミックでも高い評価を得ている。40代半ばで独身の彼は、時折女学生と短く自由な恋愛関係を楽しむことで自らの「配管問題」を解決していた。
そんな折、フランス大統領選が行われ、国民はファシストかイスラームかを迫られるれる事態に陥る。鍵を握る左派と保守中道派はアッベスを支持にまわり、イスラム主義の大統領が誕生する…

イスラム国やテロの影響でイスラームのイメージは日本でも決して良くない。どんなに恐ろしい事態をもたらすのだろう?と思われることだろう。

ところが、イスラーム政府はそう悪くないのだ…
大盤振る舞いの家族手当と引き換えに、女性が労働から離れることで、失業率は急激に低下し治安が改善。家族手当の増加分は教育予算の大幅な削減によって補填される。イスラーム政権下では義務教育は小学校までだからだ。
そのうえ男性は懐具合に応じて4人まで妻帯できる。ただし妻は皆同等に扱わなければならないが。
幼い頃からそういう教育を受ければ、女性も自ずとその環境を受け入れるというわけだ。

ちょっと横にそれるが、トム・クランシー原作のプライムビデオCIA分析官 ジャック・ライアン  に中東の指導者スレイマンの妻がでてくる。
その妻は自分の夫がテロの首謀者だと知るやいなや、恐ろしさのあまり子供を連れて欧州へ逃げ出すのだ。
でも、彼女のその行動は全く西欧的考えだ。中東の地でイスラームの神が全てという伝統的世界で育てば話は違うかもしれない。
このドラマは西欧社会の価値観で描かれており、これを観る私たちもまた人間至上主義的西欧的価値観が絶対的に正しいと信じ込んでいる。

イスラーム主義政権の柱は経済成長にはなく、出生率にこそある。すなわち「子供を制するものが未来を制する」のだ。
西欧諸国はおろか中国までもが出生率低下に悩むなか、このイスラーム政権の考えは強い。なんといっても民主主義では数がものをいうのだから。そして次が教育だ。

教員はムスリムに限られるため、フランソワは失業するが、高額な年金が死ぬまで保証されており経済的に困ることはない。戻りたければ改宗すればいいし、最終的にその道を選ぶだろう。
不平等を公式に認めるイスラーム社会においてフランソワは立場的に非常に恵まれている。
だが、彼はなにか決定的に大事なものを奪われてしまうのだ。彼にはもう何も残っていない。

ここで、タイトルの「服従」という言葉の重要性がクローズアップされる。イスラームとは神への絶対的服従なのだ。
それが人間にとっての絶対的幸福なのではないかと描いてみせることで、逆に恐怖を感じさせる。

本書は、宗教革命以来300年にわたって欧州を支配してきた人間主義は、一気に一世代以前の神への崇拝に戻す過程を描いてみせる。
ただ、西欧の人間至上主義に生きる先進国に人のほうが、昔の伝統的な社会に生きる人々よりも自殺率がずっと高いという現実もあるのも事実だ。

 

 

 

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