フィクション

拾った女 / チャールズ・ウィルフォード

2016-09-07

週末の読書会の課題本はチャールズ・ウィルフォードの「拾った女」。戦後のサンフランシスコを舞台にしたノワール(?)ということで、私もお初である。

 
ところでサンフランシスコといえば、Huluでやっているアメリカのリアリティショー「ミリオンダラー・リスティング」にはまっている。

高級物件の仲介人の番組で、ニューヨーク編、LA編に加えてサンフランシスコ編があるのだが、扱うのはどれも普通に500万ドルを超えるような高額物件ばかり。美しくゴージャスな邸宅はもちろん、仲介人たちの手腕と野心、エゴが見どころとなっている。何にせよ、景気が良さそうなのは羨ましいかぎり。
 
 
San-Francisco1.jpg 
 
さて、話は大幅にそれたが、本書の舞台となっているのは、バブルに沸くサンフランシスコではなく戦後のまだウエット感漂うそれである。
主人公はハリー・ジョーダン。ハリーは、仕事をしている時以外はアルコールに溺れているアル中だ。ある夜、彼が働いているカフェに、小柄でブロンドの美しい女がやってくる。名前はヘレン、ハンドバッグをなくしたため一文無しだという。しかもかなりきこしめしていた。
ハリーはコーヒーをおごり一晩ホテルに泊まらせてやるが、彼女のような女には寄り付かないのが一番だと決めていた。
ところが、翌日ハンドバッグを見つけたヘレンがハリーに会いにカフェにやってくる。その場で衝動的に仕事を辞めたハリーは、彼女と同棲を始めるのだが・・・
 
これは果たしてノワールなのだろうか?印象としてはどちらかというと、ジョーダンの冗談のような話というか(笑)しかしなにか妙なのだ。違和感がありどうにも収まりが悪い。
物語途中でも妙な箇所がいくつもあるが、何かが気に障る。
そのうちのひとつについてはラスト2行で納得したものの、しかし完全に収まりのよい小説というわけでもない。
 
終始語りがハリーの一人称というのも気になる点で勘ぐってしまう。え?これハリーのことを信用していい話なの?
これがハリーとヘレンの純粋な恋愛小説なのかといわれると、肯定できないのだ。

解説の杉江氏や多くの読者のレビューをみると、肯定派が大多数なようだが、正直私にはよくわからなかった。

やっぱり何かが気になってしまうのだ。
 
 

なんか変じゃない?

 

 

 

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