フィクション

老境のフィリップ・マーロウ「ただの眠りを」

2020-01-29

魅力ある小説のシリーズは、時に別の作家によって引き継がれることがある。チャンドラーのフィリップ・マーロウのシリーズもしかり。ミレニアムもしかり。

フィリップ・マーロウのシリーズは、これまでロバート・B・パーカーが「プードル・スプリングス物語」を、ベンジャミン・ブラックが「黒い瞳のブロンド」を上梓している。

前者はチャンドラーの遺作をパーカーが完成させたもので、後者は「ロング・グッドバイ」の公認続編。現役の私立探偵フィリップ・マーロウの物語だ
だが、本書は違う。マーロウは老境にある。

 

ただの眠りを (私立探偵フィリップ・マーロウ)

時代は1980年代後半、72歳になったマーロウは、探偵業を引退しメキシコのビーチでリタイア生活を送っている。

そんな彼の元に、アメリカの保険会社からある調査の依頼がくる。
メキシコの海で水死体で発見された不動産業者のドナルド・ジンという男の死に関するものだ。
地元警察によれば不審な点はない。残された妻 ドロレスにはすでに保険金も支払済みらしい。
しかしジンは多額の借金を抱え経済的逼迫していたし、如何せんメキシコのことだ。書類の偽造等なんでもありうる。念のために調査をして欲しいというものだった。
暇を持て余していたマーロウは引き受けることにする。ヒーロになるには年老いすぎているが、これはそもそもヒーロになる必要のない仕事だ。
だが、調査していくうちに、明らかな保険金詐欺の図が浮かび上がってくるのだった・・・

「黒い瞳のブロンド」も好きだが、こちらの方がもっと好きかも!

訳者の方も後書きでおっしゃっているが、本書は「老人小説」だ。
主人公が歳をとっていて、あそこが痛いここが痛いと言った老化とたたかいつつ、事件と対峙する。
「老人小説」と聞いて真っ先に思い浮かぶのは、ダニエル・フリードマンの「もう年はとれない」。自虐をネタにするバックのキャラに大いに楽しませて貰った。

今どき小説を読むのは専ら中年以上の人間だろうから、「老人小説」というジャンルはこれから結構増えていきそう・・・

ストーリーはハードボイルドの定番。探偵が事件の匂いを嗅ぎつけ、それを追う。そして、ヒーローになる必要はないというのに、なりたがる。

でも、そこにチャンドラー小説ならではの不思議なお伽話感があるのだ。
誰にも決して明らかにされない謎を含んでいて、それが得も言われぬ余韻を残す。
著者は意図して、「人を当惑させる夢のようなチャンドラーのプロット」に忠実であるように努めたと言っているが、それがとてもいい効果を生んでいる。
推理小説は全てを白日の元にしたがるが、ハードボイルドではそれは必要ない。
謎のままでおかれることや、そのままにしておいた方がいいこともある。

マーロウものを読むといつも「やせ我慢の男の美学」という言葉が浮かぶが、老境にあってなお彼はそういう男として描かれる。
すなわち「困惑しつつも決して打ち負かされることのない男」として。

一方、女性の描き方は、チャンドラーよりうまいかもしれない。
ドロレスはいつものマーロウの定型ヒロインよりも魅力的だ。

また80年代後半といえば日本がバブルだった頃。
その影響は遠くメキシコの地にばかりかマーロウ自身にも及んでいる。
ドロレスの完璧な化粧をイケバナに喩えたり、老人の必須アイテムの杖には日本刀を仕込ませてみたり。
著者は日本贔屓なのかな?
そうした小道具もまた物語のスパイスになっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

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