フィクション

喝采 / 藤田宜永

2014-12-12

『喝采』ときいてまず思い浮かぶのは、ちあきなおみのあの歌だ。

1972年の歌だから、さしもの私も彼女が 生でテレビで歌っているのも記憶にない。
でも知っているしたぶん歌える。ナツメロで耳にしコロッケの物まねも目にしているからだろう。

     

多くの歌手がカバーしているが、彼女の歌の持つドラマ性を超えることはできない。
それもそのはずで、この「喝采」はちあきはこの歌と非常によく似た体験をしているのだという。歌詞と実体験の類似は偶然らしいが、歌を聞いていると、そこには確かに何か特別なものがこめられているような気がする。

 

本書は、そんな70年代を舞台にしている。
主人公は浜崎順一郎。亡くなった父の跡を継ぎ私立探偵になったが、その実、さして儲かりもしない探偵家業とはいつかオサラバしたいとも考えていた。

その翌年、そんな浜崎のその後の生き方を変える事件が起こる。
始まりは女子大生の母親探しだった。その女子大生の母親は、元バンプ女優の神納絵理香だった。既に引退しているが、日新映画のかつての看板女優でお色気が売りだった。18歳で栄子を産んだが男と逃げたのだ。

わずかな手掛かりから浜崎は絵里香の居場所を突き止める。絵里香は娘と会うことを了承するが、その矢先自宅で何者かに殺されてしまう。
死因は毒殺だと思われた。
第一発見者の浜崎は警察に疑いをかけられ、しぶしぶ依頼人の名を明かすが、中西栄子は「そんな女優は知らないし、自分の母親は甲府にいる」という。
中西栄子を騙る何者かが浜崎に絵里香探しを依頼したのだ。
だとしたらなぜだ?奇妙な話だった・・・

 

直木賞作家、藤田宜永氏のハードボイルド小説だ。
多作なので全部は読んでないが、デビュー作の『野望のラビリンス』 も好きだったし、『求愛』『愛の領分』 のような恋愛小説の名手としてのイメージも強い。

エールフランスに勤務していたという経歴は関係ないだろうが、作品もまたどこか垢抜けた洒落た雰囲気を持っている。
本書でも、懐かしの「昭和」を舞台にしていながらも演歌臭は全くしない。ハードボイルドに演歌は似合わない。

そしてハードボイルドに不可欠なのは陰のある女だ。本書でもそれは存分に味わえる。そういう年上の女に惹かれる主人公にこちらもほろ苦い気持ちにさせられる。

私のような80年代の狂騒の最中に青春を過ごした人間は、70年代にはまだ確かにあった(はずだと信じたい)純粋なものに憧れを持っているのかもしれない。
人は自分で物事の判断ができるようになるずっと前に、時代や環境が作り出したものに浸食されているものだからだ。静かでしっとりとしていて、どこか清らかなものを憧憬する。

また、ハードボイルドで難しいのはキーとなる女をどのように描くかである。
聖女である必要はないが、悪女すぎてもいただけない。主人公だけでなく読者も惹かれてしまうような女でなければならない。その点はさすが。

バイヤリースオレンジ、ボンカレー、パンタロン、缶ピース、時代を象徴する懐かしのアイテムを目にするのも楽しい。今はオレンジジュースといえば100%のものをさすが、そういえば昔はバイヤリースだった。

歌手自身の実話に近い歌詞であるという「喝采」をタイトルにもってくるのはずるいとしか言いようがない。あの歌にこの物語はとても嵌る。

ただ、犯人の動機だけは今ひとつ自分にはしっくりとこなかったが。